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2020年07月14日 21:08その他全体に公開

「京青の森」と「大沢峠」

先日、ポンポン山に登った際に下山中に見つけた貼り紙(画像1)。今まで「京青の森」と思っていた所が、実は「大沢峠」であったとのことです。
現在ヤマレコでは峠の位置が「京青の森」と登録されていますが、山と高原地図(昭文社)を確認すると北東の位置(県境から離れた位置)にマークされていました(画像2)。
少し気になったので、ネット上で自分なりに調べてみることに。
(注)以下、個人の勝手な憶測です。


◇京青の森
京都木材青年経営者協議会が1978年頃(?)に整備した森で、小屋も建てられましたが現在は廃屋になっています。正確には「京青協の森」とのことですが、いつしか「京青の森」と呼ばれるようになったものと思われます。

京都木材青年経営者協議会のHP。2008年の記事ですが、その約30年前に整備されたとのこと。
http://www.kyo-mokuzai.net/post_9/

「京青協の森」は"森"というぐらいなので一定の範囲を指すものと考えられます。そこで中心をどこにするか問題となりますが、整備の拠点である小屋を中心とすることが自然だと思われます。しかし現在では、小屋が廃屋となってしまったため、その中心性が失われ、代わりに同じ森の範囲内にある(?)峠が新たな中心となり、「京青の森」と呼ばれるようになった可能性が考えられます。

ちなみに、こちらの記録によると2005年1月には廃屋になっていたようです。
http://www.eonet.ne.jp/~biwasyu/yamanisi.html


◇大沢峠
現在では失われつつあった名称ですが、ネット上で探して見つかった最も古い記録は2010年10月の道標(画像3)。この道標には「大沢峠」の名前があり、「京青の森」とは区別して書かれています。
http://higaerimemo.web.fc2.com/20101023/2006.html

それ以前の記録では、2004年2月の記録に「大沢越峠」という名称が出て来ます。(ネットで検索すると、この名称で古い記録がいくつかヒットします。)
http://tekuteku.chu.jp/16-0222ponponyama.htm

また2006年4月には、峠へ至るルート(又は峠そのもの)を「大沢越」とする手書きの案内板があったとする情報も。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ja3rzw/oriori/y33.htm

以前は「大沢越峠」と呼ばれていたものが、2010年の道標で「大沢峠」となり、道標が失われると共にその名称も失われつつあったものと考えられます。


◇結論
個人的には、山名に別名が多いのと同様、『大沢峠(京青の森)』という呼び方でも良いんじゃないかと。「京青の森」と呼べるには、峠が「京青協の森」の敷地に隣接している必要はあると思いますが。
昔の地形図を調べてみると(*)、峠には100年以上前から破線路が書かれており、山越えの要所であることが窺え、峠名があった可能性は十分に考えられます。それが「大沢峠」という名称かどうかは調べ切れませんでしたが。想像を逞しくすれば、かつて京都から大沢集落へ至る山越えのルートを"大沢越え"と呼び、その途中にある峠を"大沢越峠"と呼んだとすると、なるほど納得のいく命名だと思ったりも。
少なくとも「京青の森」という名称は比較的若いものであり、「ここは京青の森であって大沢峠ではない」というのは乱暴が過ぎるものと思われます。

(*)今昔マップ
http://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=34.926651&lng=135.645447&zoom=15&dataset=keihansin&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2
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