曇天で寒々しいこともあり、山に足が向かず、私は日和ってご近所散歩に行って参りました。目的地は日野宿本陣。本陣とは、天皇の勅使、公家、大名などが宿泊する施設のこと。身分の高い人が泊る格式の高い宿ということですね。
江戸幕府が整備した五街道のうち、甲州街道(甲州道中)は江戸日本橋から内藤新宿を経て甲府まで37宿、更に下諏訪で中山道と合流するまで7宿が置かれていました。日野宿は5番目。府中宿と八王子宿の間にある小さな宿場でしたが、現在の日野橋付近にあった多摩川の「日野の渡し」を管理していたそうです。
以下、いただいた資料等から。
日野宿本陣は日野宿名主の佐藤家の住宅として建てられたものであった。当初の建物は江戸末期(1849年)に焼失したが、当代の佐藤彦五郎が1864年に再建し、現在まで残っているものである。
旅籠は門を設置することが許されていなかったが、本陣には入口に門、玄関には式台があり、建物も大きくて威容がある。
佐藤彦五郎は、火災の経験から自衛を意識し、八王子千人同心の井上松五郎から天然理心流を紹介され、近藤周助に入門し、4年後には免許皆伝をとった。本陣敷地内に佐藤道場を開き、近藤勇、土方歳三、沖田総司、井上源三郎といった後の新選組の中枢メンバーが稽古に励んだ。彼らが京都へ発った後に本陣建物が竣工している。
建物は、日野を襲った大火や関東大震災に耐えたが、太平洋戦争末期に現在の日野第一中学校付近に落とされた米軍の爆弾の破片で被害を受け、建物が傷んだ。
1951年には佐藤家隣地で材木商を営む宮崎家の所有となり、当時の宮崎家三男がその後に料理人となり、1976年に蕎麦処「日野館」を開店するために大規模な修復を行った。日野館は2003年10月に日野市神明へ移転、翌年にはNHK大河ドラマ「新選組!」の放送があり一般公開され、2005年春には日野宿本陣としてオープンすることとなった。
本陣建物としては、東京都内に唯一残るものであり、甲州道中に限っては、小原宿(相模原市)、下花咲宿(大月市)に現存している。
さて。
日野宿本陣は、「上段の間」など建物の一部が移築されてはいますが、往事を偲ばせる趣があります。日野宿は江戸幕府の直轄地でしたし、新選組を輩出したことから、新政府からよく思われなかったことでしょう。災禍をくぐり抜けて保存の努力をいただいた皆様に感謝いたします。
市内には「新選組のふるさと歴史館」「日野宿交流館」「井上源三郎資料館」などもありますので、お近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください。
日野宿本陣
開館時間:9時30分〜17時(最終入館は16時30分)、休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、入館料:大人200円。ガイドをお願いすることもできます。
http://shinsenr.jp/honjin/index.html
写真1は、建物正面の冠木門(かぶきもん)。
写真2は、玄関の間から納戸を通して見える庭。
写真3は、鬼瓦、棟札(むなふだ)などの展示です。
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