|
この一冊は紹介文に騙されて(そう、読み終えて騙された事を悟った)図書館から借りだして読んでしまった。
(二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。)
(明日の自分が愛おしくなる、一生モノの物語。)
この小説は漫画だ。マンガなのだ。小説とは言いながらこれはまるっきりマンガではないか。読みやすく展開も面白いのだが、感じさせる何かが違う。私の心に響かない。そうマンガを読んでいるような気分だ。マンガに馴れている若者達でも読める本と言うことだろうか。
私は読み進むにつれ感じていた違和感がこれだったのだと今気が付いた。
都合よく車を超能力で飛ばして強盗犯達を捕まえたり、小鳥が飛んできて一索だからロン、中待ちでビルの灯りが中だからロンなど、どう説明するのかと思えば曖昧に終わりにする。
何だこれは。
小説だと思って某かの感動を期待して読んだ私が馬鹿だった。マンガだと思って読めば良かったのだ。
しかし漫画を読む時間があるのならば、外に生きているうちに読みたい本が山ほど有る。
登りたい山もいくらでも残っている。
失敗した!
私も自分の大学生活を懐かしく思い出し、その後の四十数年間のサラリーマン人生を振り返ってみた。でもこの本から感動は湧いてこない。自分の学生時代やなりふり構わず正義に向って突き進んだサラリーマン時代の方が余程感動的ではないか。
著者に「この本で貴方は何を言いたかったのですか」と尋ねてみたくなる。
大学生の四年間がオアシスでその後の実社会での人生が砂漠であるという前提で書かれた作品だ。それを言いたかっただけですか。
貴方はドロドロの社会で苦悩をした経験があるのですか。
−砂漠の世界を書いてくれ!−
そう著者に言いたくなる。
麻雀のことなら私の方が詳しい。麻雀一つとってもちっともリアリティのない麻雀の描写だ。
実社会のドロドロした地獄、或いはカラカラした砂漠を這うように生きていく人間像を描いてくれ。
抄出
「四月、働きはじめた僕たちは、「社会」と呼ばれる砂漠の厳しい環境に、予想以上の苦労を強いられる。その土地はからからに乾いており、愚痴や嫌味、諦観や嘆息でまみれ、僕たちはそこで毎日必死にもがき、乗り切り、そして、そのうちその場所にも馴染んでいくに違いない。」
爽快感はなく不快感の残る一冊だった。もう著者の本は読まないだろう。
こんにちは。
感じ方は人それぞれ、というのを大前提としてコメントします。我が家の書棚には文庫で多数の夏目漱石と村上春樹、横溝正史がありますが、伊坂幸太郎も好んで読んでいます。エンタメ小説であることも概ね同意しますが、私は不快感を感じたことはありません。年代にもよるかもしれませんね。
想像ですが、著者は映像化も念頭に置きつつ描写しているのだろうと感じます。24cさんの仰る「マンガ」なのかもしれません。マンガだから心に響かないかどうかも、人それぞれです。
いくつか映像化されたものもあります。機会があればご覧になってはいかがでしょうか。著作を読んでいると、金城武や大沢みきおの顔が浮かんでしまいます。
多様性や時代の変化には柔軟なつもりでしたが、今回は辛口になってしまいました。
余りにも絶賛されていることや、冒頭に書いた通り、自分の子供たちが殆ど本を読まないで社会人になっていく姿に悲しみを感じていた事を思い出したからかもしれません。
映画化されているようですが、収益や大衆の反応よりも感動を優先した映画を期待します。
三浦綾子の泥流地帯がなかなか映画化されないのは、そんなご時世だからでしょうか。
ありがとうございました。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する