秋になると、登り足りない百名山に出かけている自分がいる。今月も高妻、日光白根、武尊と3つも出かけた。全く馬鹿にしている百名山コレクターになっている。
百名山コレクターが勘違いしているのは、序列1位の山と100位の山を同列の意識に中に置いていることだ。まあ少なくとも1位の例えば鹿島槍に5回登ることは、100位の例えば天城山にたった1回登ることよりもずっと興味深いことはよく分かる。しかも春にも、冬にもとなれば、何回登っても飽きない。ならば、この序列回数で単純計算しても、百名山とは総数で300回くらい山行しないと納得しませんということになって、それを実践している人は皆無だということになるわけだ。
しかも相場は、二百、三百名山と存在するわけで、これじゃ登山一万日を超えたとしても実現は可能かどうか。
なのであるが、しかし日光の山などは、この白根山がない限り自分は行かなかったのではないかと思う。ああいう太平洋側の山は、やっぱりつまらんのです。ハイマツも僅かだし、下部の杉植林だの、上部のシラビソ、クロベだのは、ブナダケカンバの愛好家としては、興味の対象からは相当に低い。だからといって全く知らないと、日本にそういう山があることすら知らないままで終わってしまう。
例えばいかにも俗っぽい真夏の富士山に登って、それで登山を始めたと言う人は最近案外多いのだが、同じように百名山がきっかけになっている人も少なからずいるわけだ。しかも新潟の山しか行かない人に、伊豆にも山があると知らしめてくれるのは百名山の存在以外ないわけで、すると他の環境に触れるきっかけというのがここに確かに存在しているということにもなる。そういうわけで百名にも功罪が確かにあるのだが、まあそのいいところだけ無意識に実践しているのが、秋の山登りということになるのか。
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