私が初めて北アルプスに行ったのは、中学3年の夏だ。この山行については、おそらく当時でも今でも世の中の若い男性たちを羨望、妬み、あるいは立腹させるものであるからして、私は今まであまり人に話したことがなかった。だが、もうあれから40年近い歳月が流れた。もう時効である。今これをここで話したところで、くたびれた五十男の私を妬んで家に火をつける人はいないにちがいない。オーケー。安心して自慢しよう。
中学3年生の私は、初めての北アルプスへ、近所に住んでいた女子大生、女子高生の姉妹に連れて行ってもらったのである。しかも、テント泊で。おまけにこの姉妹は二人とも凄い美人であった。お姉さんの女子大生のほうは今でいうなら小雪似で、妹の女子高生は八千草薫の若いときみたいな可愛いらしい顔立ちをしていた。
なんでそんなことになったのか。この姉妹の家は、当時住んでいた私の実家の裏にあって、物干し場(注意。ベランダではない)が向かい合っていた。ある日のこと、私が物干し場に出たら、女子大生のお姉さんも自分ちの物干し場にいた。さてさて、今となってはもう記憶の彼方に茫漠としていて、何でそんな会話になったのかディテールは忘れてしまったが、そこで「こんど北アルプスに行くんだけど、君も来る?」みたいなことをお姉さんに言われたのだと思う。確かお姉さんは、某女子大のワンゲル部員だった。で、ちょうどその頃私は前の前の日記でご紹介した日本山岳会編の登山入門書を読んで完全に山に憧れていたので、即座に「行く!」と返事したのだ。上高地から横尾まで入り、そこにベースキャンプをはって、槍と穂高を往復する・・・それがお姉さんの計画だった。
ところで、今私は、「中学生の時に女子大生と女子高生の美人姉妹と一緒に北アルプスに行った」、と自慢たらしく書いているが(事実、自慢しているのだが)、皆さんがたった今想像されたように、悶々とした劣情にとらわれて、登山中に鼻血を出してしまったとか、夜テント内でよからぬ行為に及ぶのを必死で自制したとか、ニキビ面の中学生にありがちなことがあったかというと、断じてそういうことはなかった。といっても、とても信じてはもらえないだろうし、信じてもらおうとも思わないが、天地神明、どちらさんの神様仏様に誓ってもいい。そんなことはなかったのである。
なぜか?そこが人間というものの面白いところである。その頃の私はもう本格的な登山がしたくてしたくて仕方がない、憧れの日本アルプス、3000メーターの稜線を歩きたくて仕方がない状態にあったので、そういう劣情がものの見事に吹っ飛んでしまっていたのである。当時学校の保健体育の教科書には「思春期の無駄な性欲の亢進は文化活動やスポーツで解消すべし」と書いてあって、授業をうけた時には「ばーか、なことできるわけないだろう、ばーか」と馬鹿にしていたが、ホントにそういうことはあったのである。
実際、今思い出す情景だって、彼女たちと登った槍沢の雪渓、残雪の上にルート案内のため付けられたベンガラ、最後のハシゴを踏んでひょいと飛び出した槍の絶頂、そこで見た360度ぐるりと私を取り囲む北アルプスの山々、涸沢カールの圧倒的なパノラマ・・・そういった映像しか甦ってはこず、残念ながら美人姉妹の面影は、それらのイメージよりもずっとずっと薄いのだ。(これがホントの「美人薄命」)。しかも、あろうことか、もはや名前さえも忘れてしまっている。
なにが言いたいかというと、若者にとって、かつて山とはそれぐらい神聖な存在になりうる場所でもあったということだ。
嗚呼、初めての北アルプス。初めての槍穂。
「さようなら。あまりに短かりし我らが夏の煌めきよ」(ボードレール)
すみません。いつになく感傷的になっているのは、仕事が忙しくてなかなかこの夏、山に行けない我が身をはかなんでのことかもしれません。だって、ヤマレコ見てると、みんないいトコ行って、楽しそうにしてるからさあ。
donnburiさん こんばんわ。今度お会いしたときに
じっくり 事情聴取させていただくとして
思わぬチャンス(もちろんアルプス行きですよ)
ですね。
私もdonnburiさんのころ 北アへの憧れは今以上だった
かも知れません。でも単独・中学生ということで
「山と渓谷」をむさぼり読み 梅田のIBSへ行って
気持ちを収めてました。こっちは3連休も夜勤だというのに まあみなさんあちこちらに行かれてること
もう スネるしかないですね。
>miccyanさん
お勤め、お疲れさまです。
この話は確か旧友のbokemonさんにもしたことないのとちがうかなあ。
詳しくは今度の山行きで。(笑)
でも、ホント、中学生の頃の北アルプスは、ほとんど憧れの「外国」でありましたね。お気持ち、よくわかりますよ。
おはようございます。
中学生の時に山の本に感化され、北アルプス初体験、しかも美人のお姉様がたと。夢のような話ですね。初耳です。
当時の私の感覚では、3000mの山など特別な人たちが特別な格好(山シャツにニッカー)をして、どでかい袋を背負って登る、異次元の世界であるという認識でした。
高校の修学旅行で見た、上高地や黒部ダムからの立山は強烈な印象でしたね。あのころから何となく山への興味が湧いてきたのだと思います。
しかし、羨ましいお話でありますなあ。
donburiさんこんにちは
映像が目に浮かぶような素敵なお話です。近所のアネキに山連れて行ってもらう、そういうお付き合い、今もあるのかな。そんな近所づきあいがしたいものです。
donburiさん こんにちは。ベランダではなく物干し台が懐かしいですね。まるでドラマ「時間ですよ」そのものですね。出身の大阪市城東区あたりでは 当たり前の光景でした。
donburiさん
その美人姉妹はどうしているんでしょうね?
今でも山に登っているのでしょうか?
ヤマレコを通じて40年ぶりに再会なんてことも?
いや、合わない方がいいのでしょうね。
私は中学の時に、学校の図書館で借りた
ポプラ社の少年向けの山の本の槍ヶ岳の写真を見て、
北アルプスというより槍ヶ岳が憧れの山となりました。
その後、高校、大学の山岳部に入りましたが、
北海道の高校生が北アルプスに行けるはずもなく
大学時代は、北アルプスでも北部が中心だったので、
やっと2年前のGWになって、
35年来の念願を果たすことができました。
そういえば、高校の山岳部時代には
少数の女子部員がいて
同じテントに泊まっていましたが、
やはり、劣情を抱くにはいたりませんでした。
もっとも...
ちなみに、北海道には物干し台というものが無く、
「物干し台に天体望遠鏡を置いて星を見る」という
ことができなかった少年時代の私は、
物干し台に憧れていました。
>bokemonさん
いや、実際、上の日記では強がり(?)言ってますが、本当は若い頃、恥ずかしかったんですよ。お姉さんに山に連れて行ってもらったなんて。軟弱の極みだと思ってました。今回、はじめて広くカミングアウトしたんです。ああ、すっきりした。
>yoneyamaさん
私とこは下町だったので、こういうことがあったのですね。特に日ごろ親しくしていたわけでもなく、また、この山行から帰ってきて、再びどこか他の山へ行ったわけでもなく。不思議な体験でしたね。
>miccyanさん
ああ、「時間ですよ」の物干し台は浅田美代子さんですね。懐かしいですね。この私の実家も震災で全壊してしまいましたけど。(泣)
>kennさん
私ら西日本の若者には、逆に北海道の山が憧れでした。というか、いまだに憧れております。金と暇がないので、なかなか行けないんです。
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