(中略)
「神田教諭!神田はおらぬか?!」。
山田教頭の甲高い声を聞いた瞬間、神田の胸は鉛でも呑みこんだように重くなった。ひとつ深いため息をついてから、神田は声のするほうへ歩いていった。歩くたびに、神田の汗が白茶けた地面にぽたぽたと落ちてどす黒い染みを作った。その染みは、なぜか神田に血痕を連想させた。
山田教頭は、PTA有志数名とともに、貧相な松の木がつくるわずかばかりの木陰で休んでいた。
「神田、参りました」。地面にべったりと座り込んだ山田教頭に、神田は直立不動の姿勢で敬礼した。
「いつまでだらだらと休憩するつもりか?こんな暑いところでジッとしていると、皆干上がってしまうぞ」。怒気をふくんだ口調で山田は言った。
「はっ、ただ今、鈴蘭台方面への下山路を発見すべく、学級副委員長の江藤以下5名の生徒に斥候を命じ出発させたところであります。彼らよりの報告があるまで、今しばらくこの地点にて待機するのが得策ではないかと」。
「ならぬ!」。山田教頭が、神田の言葉をさえぎった。
「こんなところで待機するより、歩き続けたほうが少しでも暑さをしのげる」。
「いやしかし、お言葉ですが、この暑さの中、無闇に歩き回ることはさらに兵の体力を消耗し・・・」。
「いいや、ならぬ。帰営だ。今すぐ帰営するべきだ」。
山田教頭は、そう言ってよろよろと立ち上がった。そして、神田教諭の頭越しに、点々とうずくまる生徒たちに向かって声をはりあげた。
「出発!!菊水山暑中行軍隊は、鈴蘭台方面への進出を中止し、これより鵯越へ帰営する!」。
神田は、目の前が暗くなるのを感じた。しかし、無言で敬礼し、山田教頭の前から立ち去った。その姿を見ながら、生徒たちはひそひそと言葉をかわした。
「おい、今の見たか。大隊長の教頭が、自ら出発命令を出したぞ」。
「この行軍隊の指揮官は神田隊長なのに。厄介なことになったな」。
「なに、誰が指揮官でも同じことさ、俺たち下っ端はお偉いさんに引っ張り回されて、ただついていくだけだからな」。
思い出したように時々吹いていた微かな風は、今や完全に停まっていた。目に痛いほど濃い色の青空が行軍隊の頭上に広がっていた。
(続く)
いよいよ佳境に入ってきましたね。徳島隊の動きも気になります。
続きは明日あたりですかね?
【以下、当方の明日の予定】
シルバースター中佐率いる三田部隊は、明朝0800をもって池田・川西・宝塚の各部隊とともに「読売旅団」を編成し、京都府北部に観光作戦を 展開予定。
「舞鶴」のアジサイ基地を攻撃後、西へ転進し、海軍と協力して海上から「天橋立」を砲撃。
砲撃後、ただちに陸路南進し、「出石」の蕎麦兵站庫を攻撃、1830帰営予定。 以上
中佐殿に申し上げます。
出石の蕎麦兵站庫攻撃、羨ましい限りであります。
楽しげなる観光作戦におけるご武運お祈りしております。
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