(中略)
神戸電鉄鈴蘭台駅に到着した鵯越第5小第1次救助隊は、現地で中高年登山サークルの山案内人を3人雇って、鈴蘭台南町からNTTのパラボラアンテナ保守点検用作業道路に入り、菊水山山頂を目指した。救助隊を率いる森田険作は今年学校を出たばかりの新任教諭だった。
もともと体育会系で血の気の多い森田は、異常な暑さをものともせず、顔を真っ赤にして早足で歩いた。進むにつれて道路に充満していく熱気に恐れをなした山案内人が、ひるんで立ち止まるたびに、森田は彼らの尻を蹴とばした。
「馬鹿者!歩け!歩かんか!」。
「勘弁してくだせえ、隊長様。悪いことぁ言わねえ、これ以上進むのはとても無理だで」。
「何を言うか!根性さえあれば不可能はない。俺は男だ!行け!土民ども!進め!!」。
中高年の山案内人たちは半泣きになりながら歩いた。一歩進むごとに、溶けはじめたアスファルトが靴裏にくっついて嫌な音をたてた。
「あ!隊長様!あれは?」。
山案内人のひとりが、前方を指さして叫んだ。森田が見ると、熱気で揺らめく視界の中、50メーターほど先の道路の真ん中に、奇妙なものが立っていた。一瞬それは低い枯れ木に見えた。しかし、舗装道路の中央に木が立っているわけがない。近づいていくとそれは人のカタチになった。
「おお!江藤!6年1組の江藤図書委員ではないか!」。
江藤は、直立不動で目をカッと見開いたまま、乾燥していた。救助隊に同行していた保健室の菅野美子が江藤の脈をとり、瞳孔をのぞき見た。
「生きてます!」。
「よし、水をかけてみろ」。
隊員たちがかわるがわる江藤の全身に水をかけると、高野豆腐がもどるように、みるみる生気がよみがえった。
「こ・・・」。
江藤が口をひらいた。
「どうした?江藤、しっかりしろ!」。
森田険作が怒鳴った。今にもかみつきそうな表情だった。
「こ・・・行軍・・・隊・・・は・・・」。
「行軍隊が、どうした?!」。
「ぜ・・・ぜ・・・全滅・・・」。
そして、江藤はふるえながらゆっくり腕をもちあげて、菊水山山頂のほうを指さした。
(中略)
「鵯越第5小学校暑中行軍隊遭難」のしらせを受けて、布引第31小学校の校長室には緊迫した空気が流れた。
「NTT作業道路の中間地点付近にて、江藤図書委員を仮死状態で発見。それより上部を捜索したところ、神田教諭以下生徒数名の体が、粉末状態で見つかりました」。
うわずった声で6年学年主任の中林教諭が報告する。
「粉末状態・・・」。
校長の児島がうなるような声をだした。
「報告によりますと・・・」。
中林主任がつづけた。
「神田隊長は・・・粉末状態になりながら、最期の力をふりしぼり、見事舌かみきって、こときれていたと・・・」。
重苦しい沈黙が、校長室を満たした。
「校長殿、わが布引第31小学校暑中行軍は・・・」。
教頭の門間が口をひらいた。
「むろん、中止だ!即刻中止命令をだせ!」。
「はっ!」。
門間教頭は姿勢を正し、ホッとした表情を浮かべた。
「待てよ・・・しかし・・・」。
児島校長が言った。
「それを、いったいどうやって・・・徳島隊に・・・?」。
再び重苦しい沈黙が、3人を包んだ。校長室の壁掛け時計の時を刻む音がやけに大きく聴こえた。ややあって、中林主任が、おずおずと言った。
「あのう、電話をかけたらどうでしょうか?徳島隊長は携帯電話をもっています」。
児島校長と門間教頭が、あっ!と顔を見合わせた。校長が叫んだ。
「そうか!その手があったか!すぐに徳島に電話をかけろ!」。
「はっ!」と答えて、門間は校長のデスクの電話に手を伸ばしかけた。しかし、なぜかその手をすぐにひっこめて、校長に向き直った。
「駄目であります、校長殿」。
「なぜだ?何が駄目なのだ?」。
門間教頭は、大きく息を吸いこんで、言った。
「徳島隊長の携帯電話は・・・ソフトバンクです」。
(続く)
〈お断り〉
お読みいただいた小説には、現代においては不適切と思われる表現がありますが、執筆当時の時代背景や原作者の意図を勘案し、オリジナルのまま掲載させていただきました。
また、一部特定のサービスを誹謗中傷するかのような表現もありますが、これは原作者の偏見によるものであり事実とは異なります。
donburiさん、こんばんは。
本日の任務を終え、1700から明日2300まで半舷上陸の許可がでました。「菊水山死の彷徨」、今夜も楽しく読みました。
ネタ切れで多くの読者を悲しませないよう、ガンバ!
>silverstarさん
こんばんは。
いつもあたたかいコメントをいただきありがとうございます。
このところオンでもオフでもパソコンばかりにらんでいるせいか、ついに老眼がすすんでしまいまして、今日はじめて老眼鏡をつくりに行きました。来週半ばにはできてきますので、それ掛けて頑張ります。
この後、銃でなくて何を拾ってきちゃうのかな〜。
返すに困るようなもの…。
大変だと思いますが、愛読者の為によろしくお願いします
>komadoriさん
おはようございます。
あ・・・・そのエピソードですね・・・。
それ、スルーしてました。
このあと、一気にエピローグになだれこんで、おしまいにするつもりだったのですが、そのエピソードはけっこう肝ですね。
よーし、
考えてみます。
最後のオチ、比婆山のことを思い出して、思わず笑ってしまいました。扱っているマシーンはとっても魅力的なのに、山では難ありというところ、世の中なかなかうまくいかない?ですね。
ははは。
比婆山ではそうでしたね。
あの時はお世話になりました。
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