布引第31小学校暑中行軍隊が全員無事に行軍を終え、鈴蘭台駅から乗り込んだ神戸電鉄の新開地行き電車はよく冷房がきいていたが、隊長の徳島教諭の頭からは湯気がでていた。それは、つい数時間前までの菊水山山中であじわった想像を絶する炎暑の余韻のせいでは必ずしもなかった。
徳島教諭は、腹を立てていた。下山後に立ち寄った鵯越第5小暑中行軍隊遭難救助本部での、指揮官とのやりとりを思い出していた。救助本部指揮官の学年主任某は、あらわれた徳島を見るや否や、ねぎらいの言葉ひとつなく、開口一番こう言ったのだ。
「菊水山では何も見なかっただろうな?」。
徳島はこの言葉に強い反発を感じた。それゆえ反射的にこう答えてしまった。
「は、何も見ませんでした」。
学年主任は、徳島の顔をさぐるように見つめた後、
「そうか、何も見なかったんだな。それならよい」。
徳島はそのまま回れ右をして、遭難救助本部を後にした。あの学年主任の態度には、自校の行軍失敗を他校の人間に対して隠そうとする、悪しきセクショナリズムが感じられた。
(しかし・・・)
徳島は、窓外に流れる山里の風景を眺めながら思った。
(ああ答えてしまったがために、困ったことになったな)
さっきから徳島の頭を悩ましているのは、山頂付近の草地で拾った2枚の「ひょうごっ子ココロンカード」の始末をどうするか?だった。
「ひょうごっ子ココロンカード」は、毎年新学期に県内の小・中学校生徒全員に、兵庫県教育委員会から支給されるカードである。このカードを提示すると県内の博物館や美術館などに無料で入館できる。もともとは、1997年におこった酒鬼薔薇事件に衝撃をうけた教育委員会が、「心の教育」の充実をはかるために設けたものだった。
しかし、その後の徳育偏重政策を経て軍国教育推進に国全体が突き進む中で、この「ココロンカード」は、兵庫県においては、軍国小・中学生の忠誠の証したる証明書として扱われるようになっていった。カードは、兵庫県教育委員会教育長閣下より、畏れおおくも勿体なくも、ひとりひとりに下賜されたものであり、生徒各人はもとより、生徒の監督者である親、学校にもその厳しい管理が求めらるようになった。カードの紛失、破損など、あってはならないこととされ、万が一そういう事態が出来した場合は、退学、懲戒解雇から懲役刑、学校の閉鎖といった厳罰に処せられた。世間体をはばかってあまり公にはなっていないが、ここ数年でも何人もの親や教師が、子どもが「ココロンカード」を紛失、破損したため切腹している。
(今後遭難者の収容が進んでいけば、教育委員会は、遺体や生存者の数と、「ココロンカード」の数をつきあわせて調べるだろう。もし、その数が2枚足りないということがわかったら・・・)
車窓からあふれる夏の明るい日差しとは反対に、徳島教諭の気持ちはどんよりと曇っていった。
(続く)
前回の森田険作、今回の「ココロンカード」などオリジナルが大変面白いです。
いよいよ大詰めに向かいますね。どういう結末になるか楽しみです。まさか、「北新地」?
当方、半舷上陸の今日は家でゆっくりでした。明日から又作戦に参加です。
>silverstarさん
こんにちは。
やっぱりわが家がいちばんですよね。
うっかり冗談で書き始めたこのパロディですが、「学校」や「教師」「子ども」をけっこうブラックにおちょくっていますので、今にお堅い方々からクレームが来やしないかとヒヤヒヤしてます。
でも、そういう人はこんなサイト見てないですよね。(笑)
ありがとうございます。もうすぐ詰めですね。
うまく元に戻せるつてがあるといいですね〜。
これはヤバいですね。
難しいことですよ。
徳島教諭はきっと眠れないでしょうね。
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