「その戦いを用(おこ)なうや、(勝)久しければ則ち兵を頓(にぶ)らせ鋭を挫く。」
「ゆえに兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧遅なるを睹(み)ざるなり。」[以上、テキストは銀雀山漢簡孫子に基づく]
『孫子』作戦篇第二より。
昨日、炎天下の下で比良山を登ってみた。酷暑の山道を行くことは、他の季節とはまるで違っていた。低い標高から登り始めると、あまりの暑さに体力と気力がどんどん削られていく。私は普段の山行では、山頂に着くまで水を口に含む必要を感じることがない。しかしながら、昨日は違った。あらかじめ水分を多めに用意しておいたのであったが、それでも不足気味であった。だが、休憩することは自ら禁じた。いちど休憩すれば気力が衰えて、この厳しい環境では前に進みづらくなるだろうと思った。
孫子の兵法が拙速を評価して巧遅を批判する理由は、戦場に長く滞留すれば兵の士気が落ちていき、戦闘意欲が失せていくからである。孫子は戦場の法則を言うのであるから、自軍の士気が落ちることは敵軍に勝利の機会を与えることにつながる。古代から現代まで共通のこととして、軍を戦場に展開させるための費用は、一日あたり莫大なものである。戦場に長く滞留することは、国の予算を使い果たしたうえで自軍の士気を落とすことであり、何一つよいことはない。なので、孫子の兵法はとにかく早いうちに戦争の決着を付けることを目標とせよと教えるのである。
山登りでは、敵軍の襲撃を受けることはたぶんないだろう(クマあたりに襲われる可能性はある?)。あるのは、自分自身との戦いである。少なくとも私にとっては、登る気力を落として今日の目標をあいまいにさせてしまうような不必要な休憩は、あまりよろしくない。もっとも、ここは意見が分かれるところであろうが。
最初におっしゃった、根性論は無意味、に通じると思ってます(補給無くても根性で乗り切る等)
私自身の登山に当てはめて
❶速く歩ければアクシデントが生じても時間的余裕があるのでリカバリーしやすくなる
❷毎回食べ切るよりは少し多めのおにぎり(行動食)を持つ、スマホの予備バッテリーとヘッドライトの予備電池も必ず持つ
捻挫とこむら返りしやすいので薬を携帯する
以上を心掛けています
❶が拙速、❷が兵站に該当するといった感じでしょうか?
勿論持ちきれない程の量や痛みやすい物はなるべく避けます(おにぎり梅干しとか昆布持ちます)
国家予算ではありませんが、私の小遣いにも限りがあるのでバランスの見極めが大切だと思っています
スピードと補給のバランスは、孫子軍争篇第七の主要な議題です。やみくもにスピードを重視することは、兵站(登山のばあいは食糧と水)を削る結果となり、またチームでついていけないメンバーを切り捨てることになるので、大失敗のもとであると。孫子の言う最適解は、いわゆる「風林火山」ー動くべきときに最速で動き、待つべきときになんとしても待つーです。
その為にも歩行距離も短めにして部分ごとに登山し、長距離にも耐えられると判断してからロングコースに臨むようにしています(最低限必需品の雨具やサバイバルシート等は記していませんが勿論携帯しています)
これも己を知る、のひとつかと考えています
拙速と兵站は天秤に例えられると思います
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