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ナイマン王国のタヤン・カンが率いる大軍との戦闘には勝ったものの、大軍の中に紛れていたジャムカが率いる一隊からの奇襲もあった。ジャムカに攻め込まれたものの、何とか部下に守られるような形でトドメは刺されずに済んだテムジン様。
ナイマン王国はタヤン・カンの弟が力を持ってるものの、事実上滅びた形となり、帰還後にモンゴル族の長老や氏族の偉い人が集まる大会議でテムジン様はチンギス・カンとして公式的に認められた。
これまでにもケレイト王国のトオリル・カン、ナイマン王国のタヤン・カンなどが居たようにカンとは国王の意味で、テムジン様は満場一致で国王として認められたのだ。
モンゴル族を統一し、大草原において民族や国の垣根が無い状態にしていったチンギス・ハンだが、同じモンゴル族のジャムカが率いる軍隊がいつどこに現れて戦闘になるか分からない危機感や警戒感もあった。大草原以外にも鉄鉱脈を探すようになるなど鉄の量産にも余念がない描写も多々あった。
一方でジャムカの息子マルガーシが以前から放浪していたが、いつの間にかメルキト族の領内にある森林に入ったものの虎に襲われて重傷を負っていた。虎を追う猟師の御影に助けられて森で暮らす前族長トクトアの下へ運び込まれたシーンが印象的だった。
マルガーシはトクトアの下で修行をすることになるが、かつて父のジャムカを何度も追い詰めた相手ということを知っているのか?トクトアも何度も戦ったジャムカの息子ということを知っているのか?と思いながら読み進めたが、それらしい描写はなかった。
そんな中でナイマン王国の国王だったタヤン・カンの弟とジャムカが組んでチンギス・ハンと戦う流れができた。ジャムカは考えられる手を打ち尽くしたけどチンギス・ハンを倒せなかったと考え、これが最後の戦いになると覚悟を決めていた。
いざ決戦となりジャムカの一隊は巻き狩りに遭い、ジャムカとジャムカの部下が瀕死の状態になったところでチンギス・ハンは攻撃を止めた。
そこでジャムカとチンギス・ハンが言葉を交わし、ジャムカは倒れて死んだ。首を取ることなく、死に際で成立した和解なのか、雪解けなのか、チンギス・ハンは50人隊を率いるムカリにジャムカの玄旗を引き継がせて50人隊を100人隊に変えるよう命じた。かつては良き友だったジャムカの玄旗と得意な戦術を引き継ぐことにしたチンギス・ハン。本当は対立などしたくなかったのだろう、本当は戦う相手などになってほしくなかったのだろう。
同い年のテムジン様とジャムカ。
モンゴル族のキャト氏だったテムジン様は13歳の時に敵対関係にありキャト氏を吸収しようとしてたタイチウト氏に弟を取られそうになったことで弟を殺害した。このことでタイチウト氏から目の敵にされて命を狙われたために南の砂漠を何日もかけて縦断して金国の大同府で1年半ほどの亡命生活を送ったのちに大草原へ帰還した。大同府では武術の稽古に励みつつ勉学にも打ち込むなど、大草原ではできない経験を多々積んで後に大草原に還元していった。
モンゴル族のジャンダラン氏だったジャムカは同じく13歳の時に領土が隣接してて対立関係にあったメルキト族の人が羊強奪をしてるところを見て殺害した。当時はジャムカの父親がメルキト族の族長トクトアに羊を納めることで服従していたが争いにならずに済んでいた。この件にトクトアが激怒してジャムカを土牢に60日間閉じ込めて殺害するようジャムカの父親に命じ、実際ジャムカは土牢に閉じ込められた。それでも、わずかな食料と染み出す水だけでジャムカは生き延びた。
2人とも若くして族長となり、仲良くなっていった。ケレイト王国との同盟関係の下でメルキト族と戦った際には2人の率いる軍隊が先鋒として戦い、メルキト族にダメージを与えたこともあった。
その後も個人間の交流は続いていたが、モンゴル族の宿敵だったタタル族が金国と戦うとなった際に運命が分かれたのだろう。テムジン様は金国とケレイト王国と組んでタタル族を倒す道を選んだ。父親を殺害したタタル族への復讐に燃えてたのだろう。ところが、ジャムカはモンゴル族としてタタル族も金国も組んではいけない相手と考えて一緒に戦わなかった。妻のフフーはケレイト王国の人で主要人物だったジャカ・ガンボの姪っ子だった。それもあってケレイト王国からフフーを官僚にさせるよう要求されたが、結婚を認めてくれたのに話を変えるなと反発して同盟関係だったケレイト王国とも仲が悪くなった。これによりテムジン様とケレイト王国がより同盟関係を密にする格好になり、金国との朝貢関係もあって、テムジン様とジャムカは徐々に疎遠になりジャムカは金国と組まない反金国の勢力になっていった。
そんな中で対立関係に変わる出来事が起こり、長年の因縁となっていった。
ジャムカはもしかしたら一騎打ちやバイタリティはテムジン様より強かったのかもしれない。実際にテムジン様との戦闘で深傷を負わせたこともあるし、負わされたこともある。ところがテムジン様は民族間の垣根が無い世界を思い描いていたのに対し、ジャムカはモンゴル族を統一することまでしか考えていなかったのだろう。きっとテムジン様の金国での亡命生活が大草原以外の世界、さらには民族間の垣根が無い世界を思い描くキッカケになったのかもしれないし、ジャムカは大草原の世界のことしか経験したり見たことがなかったのかもしれない。他にも様々な分かれ道があったのかもしれない。
何れにせよ交わってた両者が交わらなくなった、心底では交わってたのかもしれないし交わってなかったのかもしれない、そんな残酷な運命も乗り越えたのがチンギス・ハンなのだろう。
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