(この日記は長文です)
2023年3月30日、ついに熊野古道へ出かけた。関西へ移住した強みを活かしての旅である。
予定は、滝尻王子から高原を経て近露王子まで、中辺路の13.3km。ただし、コンディション次第では高原で断念して栗栖川へエスケープするというオプション付き。山から長らく遠ざかっていたので、多少の不安を抱えつつなのだ。ま、とにかく行ってみて様子を見よう、と。
エリアへのゲートウェイとなるのは紀伊田辺。ここで前泊して現地へ向かう。駅前には情報センターを兼ねたオシャレなカフェがあり、ちょっと感心。コーヒーでもと思ったが、なんと外国人で満席。なにやら、えらく外国人が多い。この人たちもみな熊野古道へ行くのだろうか。
駅隣接の観光案内所でバスチケットの自販機を見つけたので、明日の分をいまから買えるのか聞くと当日分のみとのこと。明朝は始発バスに乗りたかったので何時から開いているか尋ねたら「6時からです」ということだったので、それなら問題なしと一安心。
宿はホテルパールという駅近のところ。正直、決してスマートなホテルではなかったが、おにぎりとゆで玉子サービスの心づくしが嬉しかった。ホテルとはいえ民宿みたいな雰囲気で面白かった。寝るだけでいい、というなら安くておすすめ。
翌日、6:16の始発・発心門王子行きのバスに乗るためチケットを買いに行こうとしたら、なんと閉まっているではないか。たしか「6時から」と聞いたのにと思うが、自分の聞き違えだったのか(たぶんそうなのだろう)。
バスはもっと混むかと思ったが2割程度の乗車率で出発。私ともう一人以外は外国人客ばかり。やはり。40分ほどで滝尻に到着。さあ、いよいよ古道歩きだ。
滝尻王子はなかなか立派なお社。熊野九十九王子のなかでも格式の高い五躰王子のひとつとされる。さもありなんの感。1201年、後鳥羽院の熊野御幸に随行した藤原定家はここで歌会を催してから古道へ入ったという。が、往時の面影はない。準備体操をしてからスタート。
高揚感とともに歩き出す。が、いきなりなかなかの急登である。尾根にとりつく九十九折れの山道が続いている。5分も経たないうちにハアハアと息が切れてくる ( ;∀;)。なんじゃこれは。まだ体が目覚めきっていないので余計にしんどい。これでは中房温泉から燕岳への合戦尾根と変わらないではないか(合戦尾根がアルプス3大急登といわれているのはご存じ通り)。
これはもう高原でリタイア確定だな、と思いつつ足を運んでいたら乳岩に着いた。奥州藤原氏の藤原秀衡にまつわる逸話が残っている。岩の下に開いた小さな穴をくぐり抜けたら安産疑いなしというが、すごく小さいのでパスすることに。
乳岩を迂回して通過してしばらく行くと「これは熊野古道ではありません」という看板が。あれ? どこで間違えた?? 乳岩のところには迂回ルートの標識もあって、その通りに歩いたつもりだったが間違えたらしい。正しいルートに戻るが、どうも釈然としない。
すぐ不寝(ねず)王子に到着、さらに進む。気がついたら傾斜が楽になっている。しばらく行ったら、うしろから足音が。振り返ると、バスで一緒だった外国人の一人が追いついてきていた。道を譲りがてら、少々おしゃべり。
どこからきたかと聞くと、デンマークからだという。20代後半ぐらいに見える、なかなかのイケメンだ。よく日に焼けている。驚いたことに、日本にきてからすでに5カ月経っているという。へー! 仕事はどうなっているんだろうと不思議に思い、職業を尋ねたら「アクターだ」という。ほう。デンマークでは有名なのか重ねて尋ねると、「いや全然」とちょっと恥ずかしそうに答えてくれた。
ささやかな国際交流のあと、デンマーク氏はすごいハイペースで先へ行った。今日中に本宮大社まで行くつもりなのだろう。
こちらはマイペースで進んでいく。静かだ。鳥のさえずりと自分の足音以外は何も聞こえない。静寂の世界。木々のあいだから射してくる光が清々しい。天上からの光という感じがしないでもない。なるほど、これが熊野古道か。たしかに特別な気分が湧き起こる。古人たちは何を祈りながらこの道を歩いたのだろうか、とかふと考えてしまう。
尾根筋に入ってしばらくしたら、デンマーク氏が戻ってくるではないか。どうしたんだろ、道迷いか? 向こうもこちらに気がついて再びおしゃべり。地図を落としたので探しに戻っているという。それは困ったことだろう。たまたま私は2種類持っていたので、日本語の地図だったがひとつをあげようとしたら、「次の場所でもらうからいい」というが、地図を入手できる「次の場所」があるかどうかわからないので強いて持たせた。
デンマーク氏は「ホントにありがとう。日本の人は親切で素晴らしいね!」と。少しは日本の印象をよくできたかな? 歩き出しそうになって、ふと思い出したように「あの鳥は何ていうの?」と質問してきた。ホーホケキョと鳴く鳥はデンマークにはいないらしい。「あれはuguisu。日本では春を告げる鳥だよ」と教えてあげると、「uguisu、uguisu」と何度も繰り返しながら去っていった。
針地蔵尊を経て高原に近づくと、眺望が開けてきた。素晴らしい景色だ。眼前に巨大な谷が広がり、谷の向こうにまた山々が立ち上がる。標高はそれほどでもないはずだが、スケール感が半端ない。谷底には集落も見える。栗栖川あたりだろうか。
高原の集落へ入るところに高原熊野神社があった。春日造りの檜皮葺、古道最古の神社建造物だという。和歌山の県指定文化財。1403年に熊野権現の若王子を勧請したものという記銘があるそうで、そのため平安時代にはまだ存在せず、熊野九十九王子には入っていない。
霧の里休憩所で休むことにする。ベンチに腰掛けて雄大な風景を楽しむ。爽快このうえなし。景色を楽しみながら、ちくわにチーズが入った行動食を食する。うまい。こういう場所では本来以上のうまさだ。
ちくわを食べながら、つらつらと考える。さて、ここからどうするか。今日はこれで終了とし、栗栖川へ降りるか。それとも近露まで頑張るか。ちょっとした運命の分かれ道である。ここを過ぎると近露まで途中に人家はない。店も自販機もない。エスケープルートもない。
いまのところ体力に問題はない。足にも異常はない。行けそうに思えるのだが、久々の山歩きなので不安がないわけでもない。以前、雲取山で膝が痛くなり、這うようにして戻った記憶が頭をもたげる。
どうするか。栗栖川へ降りるのなら、30分以内に降り始めなければバスに間に合わない。近露まで行くのなら、残りは9.4km。そんなに短い距離ではない。しかも山道。完歩できなければシャレにならない。天気はよし。今日は一日崩れる心配はないという予報だ。時間的にもまだ9時を過ぎたところなので十二分に余裕がある。
行ってみるか。ずいぶん時間をかけて考えた末、ゆっくりと足を痛めないペースで先へ行くことにした。決して急がない。急いで足が痛くなったらアウトだ。
高原の集落をあとにする。いきなり、「近露まで人家はありません」という注意喚起の看板が。一瞬、ひるむ。
山へ入っていくと、また静かな世界に。熊野古道がスピリチュアルな体験だというのがよくわかる。とくに杉木立のなかを行くところはそう感じる。まだ訪れたことはないが、大門坂の杉木立は見事だそうだ。ぜひ行ってみよう。
古道を歩いている8割方は外国人だ。欧米系と見える人が多い。紀伊田辺の駅前が外国人であふれていたのは、どうやらやはり熊野古道目当てのようだ。こういう世界になっていたのか。
滝尻をスタートした直後ほどの急登はもうなく、いくらかのアップダウンを交えつつ、古道は本宮大社に向かう。この道を後白河院も後鳥羽院も和泉式部も藤原定家も辿ったとはなぁ。もっとも、そういう人たちは輿に乗ってだろうけれど。しかしこの道、輿を運べるのか・・・・・・部下たちはさぞ大変だったろう。
後鳥羽院は生涯のうち熊野詣をじつに28回も行なっている。後白河院に至っては34回というから驚きを通り越して信じられないくらいだ。いまとは違う。基本歩いて、なのだ。それも京都から。よほどの思いがなければ、そんなことはできまい。いったい彼らは何を念願しつつ、この道を通ったのか。世の平安のためか、厄災除けか。自らの地位安寧のためか、病快癒か。それとも極楽往生祈願なのか。彼らに問いかけないではいられない。どちらかというと現世利益的な願いが多かったというが。
十丈王子に到着。10人ほどの外国人グループが休憩していた。私も少し休む。おおよそ1時間歩いたら10分休む。無理はしない。近露まで無事に行くことが最優先なのだ。
どちらからともなく外国人グループの人たちと話を始める。入道みたいな大男が「カナダのオタワからきたんだ」という。「われわれは、もう1カ月以上も日本にいるんだよ」と、ちょっと得意げだ。内心「いや、5カ月以上という人もいるよ」と思うが、口にはしない。「君はどこから?」と尋ねられたので「いや日本だよ」と答えると意外そうである。なぜ??(私は日本人に見えないのか?)
「熊野古道、楽しんでいる?」と聞く、「もちろん、すごくいいね!」と嬉しい答え。先に出発する様子だったので、とりあえず挨拶。「Good day ! 」というと「You too !」と返ってくる。どうやらそれが決まり文句のようで、どの人もみんなそう言葉を交わしていく。
10分休憩して、私も出発。ほどなく、先行していたカナダ人グループに追いついた。年輩の人は先に通してくれるので、なんとなくグループのなかに混じって歩くことに。
かなり降りてきたかなと思っていたら沢に出合った。沢には小さな橋がかかっていた。あとで知ったのだが、この橋は外国人のあいだでは有名なようで、彼らはそこで記念撮影を始めた。橋の真ん中に一人ずつ立って各々好きなポーズをつくり、それを遠くから風景ごと撮影している。一人済めば「ネクスト!」と声がかかり、次の人が立つ、という具合で、それを繰り返している。
グループのなかに混じっていたので、とうとう私の順番がきて「ネクスト!」と声がかかった。せっかくなので、と私も橋のうえに立って両手を広げて「ヘーイ!」とやったら、大ウケだったw これも国際親善ということにしておこう。
道はところどころ分岐しては、また一本にまとまってゆく。が、分かれていったままの道もある。ふと人との出会いみたいだなと思う。人生のどこかで誰かと出会い、別れる。また出会う人もいるが、そうでない人もいる。今日会っている外国人たちとも、ポイントポイントで出会って、別れ、また会ったりしている。
私もこれまでさまざまな人と出会い、別れてきた。二度と会うことはないと思われる人のほうが圧倒的に多い。終始別れることなく一緒なのは、思えば、パートナーだけである。そうか、そういうことか。ただ一人、パートナーだけがずっと一緒なのだ。親兄弟さえずっと一緒ではない。改めて、人の世の理を知った気がした。大事にしないといけないな。
そうこうしているうちに、ようやく道の駅熊野古道中辺路に到達。ここまでくれば、ヤレヤレだ。多くの人が思い思いに過ごしている。あのデンマーク氏もいるかと探したが、姿はなかった。飲み物を飲み、行動食を食べて小休止。ここにはバス停もあるので、ここから帰りのバスに乗ってもいいのだが、もう少しの道のりなので予定通り近露王子まで行くことにする。もう大丈夫だろう。
再び山に入る。とはいえ、こんどは基本的に国道沿いなので、もうあの深閑とした雰囲気はない。牛馬童子像に到着。これが熊野古道のシンボルか。思ったよりもずっと小さい。私のほかにも熱心にカメラに収めている人が数人いた。
さあ、ラストワンピッチ。多少の上り下りを経て近露の集落が見え始める。中辺路でもっとも大きな宿場だ。前を外国人の二人連れが歩いている。60代くらいのご夫婦のようだ。追いついたので、またしても何となく会話に。オーストラリアからきたという。「あなたはどこから?」と問われ、「いや日本人です」というと、またしても「あら、そうなの?」と意外そう。どうも今日はこのパターンが多い。
近露に入ると桜が見頃であった。「いい時期にきましたね」というと、「これを狙ってこの時期にきたのよ」という。ほー、わざわざ桜の季節に合わせての来日だったのか。「熊野古道、どうですか?」「素晴らしいわ! でもタフね」と笑う。日本の古道を歩くのが好きだそうで、以前には中山道を歩いたという。「でも、暑すぎて」。夏だったようだ。
古道沿いには番号をふった道標が順番に立っているが、ご主人がそれを一つずつ写真に撮っていく。奥さんは「彼って、ずっとこの調子よ!」と呆れて笑っていた。日置川の橋を渡ると、ついに近露王子に到着。近露王子も立派である。オーストラリア人ご夫妻とはここでお別れ。
なんとか無事に予定を完歩することができた。体はどこも異常なし。ちょっと自信が復活する思い。
熊野古道は名にしおう素晴らしい道だった。たしかに、ほかとは違う特別な感覚を感じることができた。歩き終えて、「また来たい。来よう!」と思わないではいられない。熊野古道沼につかまりつつある。
何人かの外国人ともプチ交流することができた。そのときどき限定のささやかなものではあったが、それでも私のなかに思い出として残りそうである。願わくば、彼らにとってもそうあってほしいものだ。
余韻に浸りつつ、なかへち美術館前から帰りのバスに乗った。
(写真を載せた山行記録はこちら↓)
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5381048.html
追記
帰路は紀伊田辺からくろしお号で戻りましたが、意外にも指定席はほぼ満員でした。白浜のパンダを見に行く人が多いらしいです。帰りにくろしお号を利用する場合は事前に特急券を手配しておくほうがベターかもしれません(くろしお号は指定席のみ)。
昨年のゴールデンウィークに同じコースを歩きました。とても懐かしい気分で読ませていただきました😊
往復の公共交通機関はJRよりも高速バスをオススメします。全席指定で特急くろしお号に比べて約半額の料金で、しかもコンセントとWi-Fiが完備されており、中々快適でしたよ〜👍
以上ご参考までに。失礼しました!
熊野古道中辺路①(紀伊田辺〜近露王子) - 2022年04月29日 [登山・山行記録] - ヤマレコ https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4215694.html
はじめまして、コメントありがとうございました。
ちょうど1年前に行かれたんですね。中辺路ほんとうにいいコースで、私はいっぺんに魅了されました。
紀伊田辺まで高速バスという手もあったんですね。なるほどー。運賃が約半額とは魅力ですね(笑)。こんど、あっち方面へ行くときは要検討ですね。旅の知恵をお教えくださり、ありがとうございました!
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