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1986年4月チェルノブイリ原発4号炉が爆発、原子炉と建屋が崩壊する。10年後アレクシェービッチは「チェルノブイリの祈り」を上梓する。子どもから老人まで300人に及ぶ様々な年齢、職業、階層の人々にインタビューし、原発事故に遭遇した人々の悲しみと衝撃、その後の人生を、その語りのまま記述していくドキュメンタリーである。逃げた人、残った人、あえてチェルノブイリに移り住んだ人。なぜ汚染食物を食べ続けざるをえなかったのか、なぜ原子炉の屋根に登って黒鉛を手で除去したのか、なぜそれでも子どもを生んだの、なぜ小さな女の子が首を吊るのか…
消火作業にあたった消防士の妻のインタビューがある。夫はすでにそれ自体が高濃度放射線汚染物体とでもいうべき姿。だが彼女は必死に彼を看護する。夫のそばにあったオレンジを勧められる。身体からでる強い放射線によって黄色から赤く変色したオレンジ…「さあお食べ」と夫がいう…病室はけっして近付いては行けない場所だ。まして妊婦は。
夫の遺体は亜鉛の棺に入れられた。遺体は引き渡されなかった。
妻はその後出産するが、肝硬変と心臓疾患で生まれて4時間後に亡くなってしまう。その赤ちゃんも引き渡されなかった。愛するもの全てを奪われた。だがインタビューの最後で彼女はこのように言う:
「私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。恐ろしいことについては。でも…私があなたにお話ししたのは愛について。私がどんなに愛していたか、お話ししたんです。」
事故後10年を経て出版されたこの本は、「手を加えずに」人々の思いをそのまま記している。普通の人の、人としての尊厳がここに描かれている。愛と祈りが描かれている。小さな証言や記憶や後悔が積み重なり、冬の海のように広がっている。
1998年岩波書店より出版され、2011年岩波現代文庫に加わった。2015年のノーベル文学賞は、村上春樹ではなくこの作家に与えられた。至極妥当だと思う。
ヒロシマ・ナガサキという巨大な悲劇を経験したわたしたちが、福島の原発を爆発させた。恥ずべきことである。
こんにちは。
チーズさんの言葉を通じて伝わってくる、彼女の愛に心打たれます。
私もこんな風に全うできたら、と思います。
この本の題材に比べたら、村上さんの創作物語は霞んでしまうでしょう。
よい本のご紹介を、ありがとうございます。
Francesca様、本当にいい本でした。字がやや細かいので老眼には辛いですが、エピソードの一つ一つがが短く凝縮して、輝いています。読みやすいですし、次に誰が、何を語るのか、読み続けずにはいられません。
村上春樹は好きな作家ですし、彼の世界性からみていつかとるでしょうけど、でもその前にこの方にあげなくてはなりませんね。評論家の加藤典洋さんが「村上春樹はむずかしい」の中で、2015のノーベル賞が村上ではなくこの作品に決まったことは、しょうがないねと書いていたのも思いだしました。
これは単なるチェルノブイリの事故報告書ではありません。ベラルーシの作家ですが、まるでソルジェニーツインやドストエフスキーの現代版のようです。時間があれば、次に読む本のリストにどうぞ。岩波現代文庫ですので大手の書店でしか買えないかも。私は注文しました。
コメント誠にありがとうございました。
私も昨年11月の書評で知って図書館に予約申
し込みをしましたが未だ連絡なしです。
小熊英二著「生きて帰ってきた男」はその前の
10月の予約申し込みでしたが半年近く待ってい
ます。同じノーベル文学賞のアリス・マンロー
の著作は2冊購入しているので、借りてばかり読
んでいるわけではないのですが、読んでみて手
元に置きたくてその後購入する場合もありま
す。近日では「逝きし世の面影」があります。
「チェルノブイリの祈り 未来の物語」はハナから購入すべきだったと、cheezeさんから教わりました。
今日は孫預かりをしていますが、時間ができたら書店に行って、なければ注文しようと思いました。ありがとうございました。
カイエ様、子守お疲れさまでした。クマさんのお子さんだときっと元気なんでしょうね。春の雨でしたが、古川、桜が咲きだしましたよ。
私もいただいた図書券が残り数百円となり、また図書館通いしようかなと思っていました。
チェルノブイリの祈り、30年も前の事件ですし、20年も前に書かれた作品ですので、そんなに急いで読まなくても大丈夫です。永遠に残る作品ですので。
ノーベル文学書受賞がなければ私も読み逃していたでしょう。
ふと思ったのですが、原爆後に書かれた幾多の作品、生ましめんかなのような詩群、苦界浄土のような作品、そしてチェルノブイリの祈り。わたしたちはフクシマ以後に何かこのようなものを持つことがあるのでしょうか、それとももうすでに、それは書かれているのでしょうか。私が死ぬまでに、それがどんなものか、読んでみたいと思っています。誠に不謹慎ですが・・・
ここで教えていただいてから用意して、少し遅いのですがようやく読みました。しかし読み始めてからは早かったです。力のある本でしたね。1986年の事故は同時代としてもちろん覚えているし、その頃の北海道での反原発運動にも興味はあったしそのすぐ後にもソ連パミールの山登りにも行っているのに、その後のチェルノブイリのことは全く記憶から抜け落ちています。知られなければそんなものなんだ、と今更思うわけです。
その後のソ連崩壊の方が同時代的な関心事だったのですが、この本を読んで、原発事故とソ連崩壊は無関係ではなかったのかもしれないな、と思いました。チェルノブイリ事件の悲劇全体の土台には硬直したシステムがあり、その点は日本も同じです。
http://bookmeter.com/u/585631
bookmeterのほうも拝見いたしました。
本当に心を打たれる本でしたね。ノーベル賞がこれを歴史に残る本にしてくれました。人の幸せとは何か、本当の悲劇とは何か、それを深く考えさせてくれる本でした。文学賞にふさわしいジャンルではないのでしょうが、それでもこれは普遍的なな力を持った本に間違いないですね。
日本の現実はいまとても厳しいところにあります。もう出口がないようにも思えます。でもアレクシェービッチのような地道で誠実な仕事をなさっている方がきっと沢山おられると思います。yoeyamaさんもその一人だと思っています。
そうした人たちの力を信じたいものです。
コメント誠にありがとうございました。
*佐伯啓思「さらば、資本主義」新潮新書はお読みになられましたか。保守派の論客ですが、現在の経済・政治のあり方に批判的で、なかなか面白かったです。ピケティの「21世紀の資本」についても簡単にまとめられており、読めなかった自分には役立ちました。
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