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ロシア革命百周年を記念して、今年は何冊かの本が出版されたが、これはSF作家ミエヴィルが1917年の2月から10月までのロシア革命の詳細な一年を描いたもの。2017/10/05の初版。ノンフィクションだけれど、レーニン、トロツキー、ケレンスキーの怒りと呪詛と高揚の肉声が聞こえてくるよう。ロシア革命の登場人物は広汎にわたり、また政党、政治グループも複雑きわまりない。レーニンの動きがメインで描かれているが、全体としては革命家群像と立ち上がる民衆の動静が日めくりで詳細に描かれている。SFではない。
革命以後の「おぞましい」もろもろは描かれていない。レーニンはもっと早く死ぬべきだった…とあらためて思う。
「ロシア革命入門」広瀬隆(インターナショナル新書)
オクトーバーと併せて読んだ。こちらは2017年2月の初版。タイムスパンを長くして、ボリシェビキの誕生からスターリンの独裁まで広げて、ロシア革命を俯瞰しており、著者の嗜好もあるのかハプスブルク家の家系図やロスチャイルドの系譜なども図示しながら、革命後の経済的背景までを掘り下げて示している。
入門書としてわかりやすい。レーニンの「偉業」と同時に彼の行った「恐怖政治」も、最近の資料を提示して明らかにしている。広瀬さんは専門ではないので多分異論はたくさんあるだろうな。
*ロシア革命とその後のソ連に関する本を読んでいると、まったく暗澹とした気持ちになってしまう。毛沢東とスターリンの権力が世襲されなかったことだけがせめてもの救い。
「たとへば君」河野裕子・永田和宏(文芸春秋)
河野裕子と永田和宏は夫婦そろって素晴らしい短歌を詠む。残念なことに河野裕子は2010年乳がんで亡くなった。64歳だった。二人は永田が大学生、河野が高校生の時に出会っている。「たとえば君」は二人の夥しい相聞歌を、出会いから最後の時までの思い出とあわせて一冊にまとめたもの。闘病の中で取り乱す河野と冷静な永田の言葉と心と歌のやりとりに、少し泣けた。
若い日の河野の歌は、イメージの喚起力がひときわ輝いている:
*たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
*ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり
河野は最後に自宅に戻って家族の看護を受けており、その死の1日前病床で辞世の歌を口述した:
*手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が(『蟬声』、辞世)
河野にとって歌は生きること、そして死ぬことだったのだなあと思う。永田の歌も紹介したいけれど、長くなってしまう。
「蝉しぐれ」藤沢周平(文春文庫)
舞台は藤沢周平の故郷、鶴岡あたりかな、東北の小藩の貧しい下級武士の家に生まれた少年が、父の刑死という不幸を乗り越え、友情と剣の修行と幼い恋の感情とともに、青春の真っただ中を正々堂々と生きていく物語。時代物だが、紛れもなく青春小説の傑作のひとつ。シンプルで力強いストーリーと少年の真摯な生き方、逆境の中で揺るがぬ心の強さが、抑制された穏やかな筆致の中で描かれている。心が落ち着く感じというか、良質のエンターテインメントを読む喜びを与えてくれる。
何より淡い恋の最後のきらめきが、悲しく美しい。
「東京日記」リチャード・ブローティガン(平凡社ライブラリー)
「アメリカの鱒釣り」のブローティガンが銃で自殺したのは84年。ビートゼネレーションの一人で、独特なドロップアウトの風景をさらりと幻想的に描く作家で、たぶん若いころに読まれた方もおられるのでは。1976年、ブローティガンは1か月半日本に滞在し、日記代わりに毎日詩を書いていた。もちろん英詩なのだが、短さとかポエジーのありかを見ると、きっと俳句が好きだったのだと思う。翻訳も悪くないけど、ネットで原詩も読むことができる。ビートニクの詩です。
http://www.brautigan.net/june30.html
…ただし…異様に高い! 薄い薄い文庫本なのに1300円、レジにだしてびっくり、思わずあとずさった。
この本、詩はさておき(私は結構好きだが)、プロローグが秀逸。短いので立ち読みでもOK.
さらに、英語が読むのが苦でなければ以下の軽いレビューサイトも楽しめる。
https://www.goodreads.com/book/show/160584.June_30th_June_30th
「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ(早川書房)
イシグロは寡作で、これは「私を離さないで」から10年後にようやく書かれた長編小説。6世紀イギリスのアーサー王の死後という設定になっていて、ファンタジーの体裁だけれど、むろんイシグロのファンタジーは一筋縄ではいかない。
ヨーロッパからやってきたサクソン人とイギリス本土にいたブリテン人の戦いを終わらせイギリスを統一したのがアーサー王。その死後、イギリス全土に忘却の霧をまく巨竜を退治し、イギリスの記憶を取り戻そうとする若き騎士と、平和のために霧を吐く竜を守ろうとする老いたアーサー王の円卓の騎士、過去を失いつつある老夫婦の物語が交錯し、愛と忘却と滅びゆく人々の悲しみが描かれている(と思う)。
アーサー王伝説に描かれる古代イギリスのイメージは、例えば、竜、巨人、魔法使い、鬼、異界、寒風、ヒースの丘、修道院、黄泉の川…etc こうしたガジェットはすべて出てくるのに、どれ一つとして明らかなものはなく、あの深い霧の中にいるよう。それは民族の、そして私たちの「記憶」という曖昧なもののアナロジーにもなっているかな。イシグロにしか書けない世界。カフカが好きなら面白く読めるはず。なんだろうこれは、と思いながらあれよあれよと読んでしまった。
*今夜(12月8日)NHKBS1とNHK総合で、イシグロのインタビューがある。違う内容なのか同じものなのか不明。楽しみです。
<22:38追記>
*今視聴完了。今日はNHK単独インタビューの一部で、本体は12月16日夜7時からだそう。
*イシグロは、「国家が記憶(過去のまずい出来事)を忘却する」ことについて述べていたけど、これはそのまま「忘れられた巨人」の解説にもなっていた。それにしても現代の政治、経済についてずいぶん踏み込んで発言する人なんだなあとびっくり。来週までひっぱられますが、楽しみです。
cheezeさん、こんばんは。
「蟬しぐれ」はテレビ時代劇で観ました。
なかなかの力作でしたね。
cheezeさんは読書家ですね。
近頃は活字を見るのが面倒になり,テレビを観たりラジオを聴いたりばかりになってしまいました。
新聞も流し読みです。
字がもう少し大きいといいなぁ〜
齢のせいでしょうかねぇ〜ren
ainakaren様、コメントありがとうございます。
「蝉しぐれ」は秋田のユーザーさんの勧めで読みましたが、いい本でしたね。私もDVD借りてこようかなと思っていましたよ。主人公の幼馴染で藩主の側室になった女性、だれが演じているんでしょう。気になります。
私も目が弱くなって読書がしんどくなる前に読んでおきたいと思ってた本が一杯あるんですが、どうしても新しい本の前で立ち止まってしまいます、根がミーハーなんでしょうね
それとは逆に音楽の嗜好はとっても保守的になってきて、ジャズだと、ainaka様も(多分)お好きなロリンズはじめ、エバンスやマイルス、ジャレットあたりでもう止まっています。といってもCDを買いなおすのも面倒で、もっぱらyoutubeで。70年代中頃に仙台のジャズ喫茶でアルバイトしていたことがありまして、その頃からずっとジャズは聞いているんですが。いつかは(ビルエバンスのように)Waltz for Debbyを弾きたいというのが私の最後の夢です
寒くなってきました。どうぞご自愛くださいね。
NHKのテレビ劇では、確か成人したヒロインは水野真紀だったでしょうか〜
目は乱視が酷くなり、老眼と重なって読み疲れするし、日中の屋外は眩しくて濃いサングラスがないと外に出られません。
モダンジャズは、ある意味でバロック音楽ですね。
ある特定の時代に作曲されたクラシック音楽がバロック音楽ならば、ある特定の時代に演奏されたモダンジャズがバロックジャズなんですね。
その時代は楽譜のない即興ですから、後の伝承派ジャズマンが写譜した楽譜で模倣しても熱気が伝わりません。
楽譜で演奏が再現できるクラシック音楽が、羨ましいと思います。ren
ainakaren様が見られたのはTVドラマだったのですね。映画のほうを調べたら2005年で市川染五郎と木村佳乃でした。どうもエンディングが小説と違っているようですが、そのうち借りてみようかな。
私も遠近を使っていますが、読書するときは眼鏡はずさないと読めません。一番困るのは楽譜読むときですね。小さくて顔近づけないと読み取れなかったりします。肩凝ってきます
モダンジャズとバロック音楽と、そういえば仕事しながら聞くのはもっぱらそのふたつだけです。それで十分すぎるほど…
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