高野山信仰とか千日回峰とかお遍路さんとか、はたまたオウムとか山伏のようなものも含め、「密教的な何か」は聖も俗も併せて、なかなか魅力的だ。空海の興した真言密教では、「即身成仏」すなわち「修行」を経て真理に達する、自らが仏になるという思想が根本にあって、意思と肉体は、信仰と不可分である。(年寄りの信仰じゃないね。)
様々な民間伝承に包まれた空海という日本史上の巨人の姿を、最澄との対比を中心に描いたのが、この作品。
空海と最澄は同じ遣唐使船に乗っていた。最澄はすでに名のある高僧で、空海は一介の研究生。二人は帰国後、それぞれが密教を日本に紹介する。その違いは…。
空海は唐の長安で密教の正統の後継者恵果に出会う。司馬は次のように書く:
恵果の空海に対する厚遇は、異常というほかない。
空海をひと目みただけで、この若者にのみ両部(金剛頂経と大日経)の両系統をゆずることができると判断し、事実、大いそぎでそのことごとくを譲ってしまったのである。(空海の風景 司馬遼太郎)
司馬にしては短い作品。小説とも評伝ともいえなくはない作風で、密教の初歩を知ることもできる。
ちなみに書道の三筆といわれる、空海・嵯峨天皇・橘逸勢はいずれもこの小説のメインキャラクターとして登場する。当時の造船技術の貧弱さと船旅の困難さも印象的。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「世界一美味しい煮卵の作り方」はらぺこグリズリー(光文社新書)
レシピ本です。新書版で一品目1〜2ページなのが嬉しい。煮卵というタイトルだが、紹介されるレシピは100品目くらいあって、うち10品くらい作ってみた。簡単で安上がりで使いでもよい。ただし…なにせ一人飯で安くて早くてが基本なので、「本物」感はやや少ない。味付けについては、各自の好みで使う調味料を加減する必要はあるかも。
本書で「世界で一番美味しい…」とうたっているのは、次の四つ
世界で一番美味しい煮卵の作り方
世界で一番美味しいトマトソースの作り方
世界で一番美味しいパスタの茹で方
世界で一番美味しいバターチキンカレーの作り方
煮卵はレシピ通りやってみたら、たしかにおいしくできました。他は自分のやり方でもいいかな。一人暮らしでこれから自炊始める人向き、あと、やや若向き。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ソラリス」スタニスワフ・レム(早川書房)
レムの名作「ソラリス」はずっと気になっていて、正月に読んでみた。
惑星ソラリスは海に覆われていて、その海全体が一つの知的生命体である。その謎を解きコンタクトを図るために、人類は一世紀もかけ研究を重ねてきた(ソラリス学と呼ばれる学問体系まで延々と紹介される。)
いまソラリスの軌道を回るステーションで異変が起きた。「海」が人間に仕掛けてきた企みとは…。SF史上に残る名作、レムの「ソラリス」を読みおえて一番に思ったのは、この海を映像化したらどうなるんだろうということ。二度映画化されている(何せ書かれたのは1961年なので)。さっそく新しいほうのソダーバーグの作品をレンタルしてみたが…残念ながら「海」はテーマじゃなくなっていて、これじゃない感が。タルコフスキーの方はどうなんだろう。レムはタルコフスキーの映画を見て、やはり「違う」と言ったらしいけど。
化け物のようなレムの想像力一つとっても、50年以上前の作品とは思えない。すごい作品。小説としては「アンチロマン」で、海の描写もソラリス学の紹介も、詳しすぎるきらいがあって、やや難解。誰にもお勧めというわけでもない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「吉本隆明 最後の贈りもの」(潮出版)2015/4/20
歌人の道浦母都子との2009年の対談で、斎藤茂吉についてこんな風に語る:
「死にたまふ母」っていうのには、何かがあるんですよ、何かが隠れているんですよ。あの短歌は、今残っている万葉の歌に匹敵できてるよな、と僕は思っている
吉本が引用する茂吉の歌は:
死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり
「何かがあるんですよ」という吉本の言葉に、確かにと頷く。茂吉は貧しい山形の家から東京の医家に養子にだされたのだが、彼が母の危篤を聞き、故郷に戻るその時の心の動きを短歌に託している。ずっと隠してきたものが、ここに表出している。詩歌は言葉の美しさや奇想を競うものではないということなのだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「現代日本の詩歌」吉本隆明(毎日新聞社)2003/4/15
現代詩、短歌、俳句の代表作を取り上げて、吉本風の解説をつけたもの。読みやすく、(吉本らしい)大胆な解説。
例えば、西東三鬼の有名な一句:
水枕ガバリと寒い海がある
擬音を効果的に使い、ウイットに富んでおり革新的作品を作ったと作者は思ったかもしれないが、やがてそうした歴史的意味も消えてしまい「今では単に珍奇な着想としか読めないのではないだろうか」と切る。それは言い過ぎだと思うけど…
難解な現代詩人の吉岡実について。初期の代表作「静物」を取り上げる:
夜の器の硬い面の内で
あざやかさを増してくる
秋のくだもの
りんごや梨ぶどうの類
それぞれは
かさなったままの姿勢で
眠りへ
ひとつの諧調へ
大いなる音楽へと沿うてゆく
(以下略)
セザンヌの「静物」と比較しながら、「絵画にとっての色の重ね方は、詩にとっては暗喩の重ね方になる。もうこれ以上、行く場所はないというところまで、詰めてしまっている。この詩を読んでいると、静物にまつわる、あらゆる心の動きがすべてこめられていると感じる。」と評価する。
*書き写していて、吉岡さんのこの「静物」あらためて凄い詩だなあと思う。吉本は絵画的にとらえているけど、この詩には「音」「音楽」が聞こえていると思うのだが、どうでしょう?
もう一つ、吉岡の「僧侶」という詩について評、これくらいわかりやすい解説は初めて読んだ。
茨木のり子の作品は「わたしが一番きれいだったとき」を評価する一方で:
茨木さんの戦後の軌跡を振り返ると、少しずつ変わっていったのを感じる。つまり、だんだんと進歩的な女史になりそうな要素が詩の中にふくらんでいくなあと思った。オヤオヤと思った
などとこの人にしか書けないようなきつい言葉。『自分の感受性くらい』『倚りかからず』などは吉本は評価していないんだろうな。
とりあげている作家は、谷川俊太郎、塚本邦雄、中島みゆき、俵万智、茨木のり子、大岡信、谷川雁、西東三鬼、他多数。分かりやすそうでなかなか深い吉本隆明の文芸論です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
年末年始は、XCスキーをしたり、帰省した娘一家と遊んだり。大雪で子供たちは大喜び。雪かきがだんだん腰にくるようになってきた。
cheezeさん、こんばんわ。はじめまして。
空海の風景今まさしく読んでます。
読みやすく痛快感さえある展開の速さが特徴の
司馬作品の中では珍しく、
「〇〇はずだ」
「〇〇かもしれない」と
妙に歯切れの悪い表現が目に付く作品ですが、
日本中に様々な伝承を残す空海の魅力が
存分に発揮された作品ですね。
ちなみに、司馬遼太郎記念館に行った時に購入しました。
k-yamaneさん、司馬記念館に行かれたのですね。
私の拙い読書紹介にコメントいただき、誠にありがとうございます。司馬の長編はいくつか読んでいますが、おっしゃるとおり「歯切れの悪さ」に司馬さん、どうしたの?と思いつつ、やがて気にならなくなりました 確かにちょっと異色の作品だと思います。
空海と最澄の交流と決別がメインなのでしょうが、少し最澄がかわいそうになりました。それにしても、異才かつ天才でしたね。日本の歴史の中で、最大の巨人の一人でしょう。
空海の唐時代を描いた小説がほかの作家にも幾つかありますので、機会があればそれを読んでみようかなと思っています。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する