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ある日、山奥のダム周辺での作業の時、ダム湖に浮かべたボートに皆で乗って昼食をとっていた。手伝いをしてもらっている地元の若い衆が私の腰に下がっている共枝鉈を、何やら熱い目線でジト見していた。「jimさん、欲しいんだそうですよ。」上司が教えてくれた。私が気前よく鉈をあげる癖があることを知られているらしかった。
さて大変だ。いくら何でもこの一本は持っていかれたら仕事にならない。相手が征夷大将軍でも天皇陛下でも譲れる訳がない。慌てて私の口から出た言葉は、
「ダメだってば、これは俺の嫁だぞっっ!」
ダム湖にしばらくの間、皆の爆笑が響きわたった。
さてあいかわらず世上は騒がしいことで、三度目の出社抑制が始まった。今度は歳の若い先輩から研ぎを頼まれた。刃こぼれが酷く、鞘をなくして難儀しているらしい。いったん刃こぼれを研ぎ消して中仕上げの工程まで進めたところで、試し切りをしてみるとどうも美味くない。焼きがゆるくて刃先の硬度が低く、鋭い刃が着かない。たまに生鉄みたいな焼きをする鍛冶屋さんが居るもんだ。たぶん刃こぼれを少なくする心積もりなんだろう。甘切れと言って、切れすぎない刃を好む人もいるようだ。上手くすればほんとにこぼれない刃ができる。
刃裏の平面を整えてから、天然の荒砥の大村砥をかけてもう一度刃先を荒くした。細かい研ぎ目に付き合わない焼きなら、荒くした方が喰い付きの良い切れ味と刃持ちを期待できる。持ち主の若先輩は体重があり剣道の有段者で、斬撃が強いようなので傾斜の強いハマグリ刃にした。見た目では分からないぐらいに刃先を立てて研いである。隠し味みたいなもんだ。
小刃を真っ平らにベタ研ぎするやり方もあるようだが、現場ではハマグリ刃が好評だ。群馬の職人さんの鉈もハマグリに研ぎ直してあげたら、刃持ちが良いと喜んでいた。「jim君、いいねシジミ。(笑)」「ハマグリだってば。もー。」現場には戯れ言が付きもの。
今回の研ぎも目論み通りの仕上がりを得られてうれしい。この子はこれでいいんだ。誰の鉈でも分け隔てなく研ぎ、それぞれの個性に付き合ってみると、どの家の子もみんな一緒という人情おばちゃんのような気持になってくる。
嫁にしたり子ども扱いしたり忙しい事ですが、近年流行りの刀剣女子みたいな擬人化ではありません。念のため。
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