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竜頭山の麓、水窪川と天竜川の合流点、国道から一段高い所に集落が有り、昔ながらの細い道すじに面して、その鍛冶屋さんが建っている。3台ほど停められる専用駐車場が用意されていたので、とりあえずは車を置いた。恐るおそる工場をのぞいてみると御主人は忙しく何かの作業中だった。肝心な熱処理の時などは、とても手を放すわけにいかない鍛冶の仕事。声を掛けるにも気を遣う。鍛冶屋さんの店の規模はさまざまで、応対に出られる御かみさんが居ればよい方、大抵は製作も接客も御主人一人きりという事が多い。
しばらく時間を過ごし、間を置いてからもう一度覗くと、どうも車砥石で研ぎの最中の様だった。今度は思い切って声を掛ける。ようやくに気が付いてくれた御主人に要件を伝えるが、車砥石の回転が収まっていないので、何度も聞き返されてしまった。志村けんのコントでよく見る「あ、あんだってっ。」状態だった。「お客さん、さっき電話くれた人かい？」一見強面に見えた御主人だったが、話すうちにとても気さくな方であることが分かった。
自分の仕事内容を説明して、購入したい鉈の寸法を説明すると、奥から箱を取り出して何本か並べてくれる。しばらく打ってないので次は半年後なんてことも有り得る世界、在庫が有ったのが幸運である。鉈を手に取り、刃体を指ではじいてひと安心。手元に帰る響き方で大体の善し悪しが伝わってくるものだ。
選んでいる間に御主人の問わず語りの話が始まった。こういう時は流れに任せた方が面白い話が聴ける。ご年齢は91歳との事で、時代が何周隔たっているかも良く解らない。あと少しで学徒出陣していたかも知れない、鍛冶屋になって現在まで長生きできたと豪快に笑う。物心ついたときには先代の手伝いをしていて、小学校を卒業してすぐに独り立ちしたという。こちらの驚いた顔を見て、小学校と言っても昔の尋常小学校の事だと説明してくれた。年長者ならではの余裕がなんとも立派だ。
廃業して転職した同業者の笑い話、商売の都合やら後継者を育てなかったことへの後悔、同じ野鍛冶の富山県の職人さんが、高齢を理由に最近は休業している話。いくらでも話は続きそうだけれども、中断している研ぎ作業も有る事だし、購入する鉈を選んで代金を支払った。足元に積まれた鋼材に目を移すと、材料の確保の苦労話も聞かせてくれた。その材料を使い切ったら引退するとまた笑う。ひとつの工場としてはあまりに少ない鋼材の量を見て、追って笑いながら寂しい気持ちになってしまった。
どうもありがとうございました。一礼して鍛冶屋さんを後にする。ものを買った側が御礼を言いたくなる、昔の手仕事とはこういうものだったのだろうか。もしかして、鉈が欲しかったのではなく、鍛冶屋さんに会いたかっただけなのか。後からそのように思えた。
写真�々愼�した当初の状態。かなりベタに平らな刃に研いである。刃先は立っていない。仕上げは使用者に任せる、以前の道具はそんなものが多かったと聞く。中子は分厚くて昔ながらの造りで、寸法のわりに重量感がある。
写真��荒砥石を二回に分けて根気よく掛ける。最初は削れ方が不愛想で、固い感じ。研ぎ進めると少し粘り気が出てきた。
写真�Ｂ臑偲崟弌�天草砥石、青砥石と順番に進めてみた。不思議と目の細かい砥石には素直に答える刃だった。これは初めての事だ。研ぎ減りしにくいが、研ぎ直しが早い？そんなことが有るのだろうか。それとも現地近くで採れる砥石と相性が良い焼き具合なのか。
ようやく一通りの研ぎを掛けられて、ほっとした。山での使用はまだなので、刃持ちや切れ味は未体験だ。長く使用すれば研ぎ味も鋼の味も変わってくるだろう。天竜佐久間の地元の山で使うのと、福島只見の山で使うのとでは、また使い勝手が違うかもしれない。
酒好きの友人曰く、地酒は地元の肴で飲むのが、いちばん正しい飲み方なのだそうだ。山道具も似たところがあるのだろうか。何にせよ、道具の評価は短絡的には出来なそうだ。
思い出す諺は、「馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ。」
山林刃物はそれこそ「研いでみろ、切ってみろ。」
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