俺のシルクロードに大正の隧道が眠っているわけがない(・∀・) ★下溝ー鑓水ー八王子(秋川街道)ー小峯隧道ー五日市ー小峯隧道ー八王子ー橋本


- GPS
- 40:00
- 距離
- 94.8km
- 登り
- 984m
- 下り
- 933m
コースタイム
旧来のパスハン車が売れたため手持ちのロードで組みなおした新車?で臨みました。
何気なくネットを見ていたら
秋川街道に小峯隧道という、心霊現象で有名な廃トンネルがあるらしい。
※地図等には小峰隧道とあるが、実際の銘板には”小峯隧道”とあるので、以下小峯隧道で統一する。
直下には山そのものを貫通する新小峰隧道が供給され、旧隧道は人に忘れられた存在らしい。
※検索するとこの旧隧道は宮崎勤死刑囚が被害者を殺害した場でもあった(後日ガセネタと判明)
1)さらに地図を眺めるに、この旧隧道は五日市と八王子を連絡する絹の道ではないか?という疑いが炸裂したのである
2)次に五日市と八王子の関係とは
9:00 相模線下溝駅ー11:00 鑓水・永泉寺ー11:30 鑓水・小泉家(鑓水峠)ー12:45八王寺(秋川街道)ー13:50小峯隧道ー武蔵五日市ー14:10五日市郷土館15:00ー都立小峰公園ビジターセンター 16:00小峯隧道ー17:00八王寺(浜街道)ー17:30御殿峠ー18:00橋本駅
天候 | 曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2017年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
自転車
帰り:橋本駅から輪行 |
写真
装備
個人装備 |
ロードレーサー
|
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感想
今日の探索は”甲斐ー八王子ー横浜港”の八王寺ルートの支線である。
八王寺と五日市は隧道経由の秋川街道で結ばれている。
仮に”秋川絹の道”とでもしておこう。
八王子ルートでは八王寺が集散地で、国内需要(織物)→東京(甲州道)、と海外輸出(生糸or撚糸加工・浜街道)→横浜港に仕分けられた
ミッション1
五日市は養蚕の地であったのか?
クロ ・・五日市は養蚕の里であった。
学芸員や数名の方に話を聞いたが、傾斜があるので田んぼが作りにくい山村であった
・五日市は集落に山が迫り、稲作が難しかったことから、炭焼き・養蚕が特産であった
・特に昭和初期の”鈴木氏”は関東一の生糸の生産者として知られている。
※なお秋川の鮎も特産物だった。こいつは江戸直通の筈なので”八王寺の消費”以外は隧道越えはなかったと思われる。
ミッション2
五日市と八王寺の関係
秋川街道の中ほどに標高300mの秋川丘陵が横切っている。
故にこいつを乗っ越さなければ生糸を八王寺に届けることができない。
学芸員他によると
・五日市と八王子の交流は生糸以外にも深く、秋川丘陵は峠越えの昔道にて突破されてきた。
・生糸の輸送や生活の為に1916年(大正5年)小峯隧道・全長79.4mが開通した
なるほど。誤解を恐れずに言えば”八王寺が主、五日市が従”の関係か?
生産者の鈴木氏を追跡すると”伝習所”の教官でもあった。つまり”高品質”の生糸。生糸取引に関しては、主:従というより、主:主の関係といえる。
さて、主な出来事を追って小峯隧道を考察してみよう
1859年(安政6年)横浜港開港・生糸の海外輸出開始
1889年(明治22年)中央線 八王寺ー新宿間開通
1908年(明治41年)横浜線開通
1916年(大正5年)小峯隧道開通・全長79.4m
1925年(大正14年)五日市鉄道 武蔵五日市ー拝島間開通
1930年(昭和5年)五日市鉄道 拝島ー立川間開通
1931年(昭和6年)八高南線・八王寺ー拝島間開通
1999年(平成11年)新小峰隧道開通・全長656m
ポイントは一つ。五日市の生糸を横浜港に運ぶ。
小峯隧道開通前は小峰峠越え:主に五日市産の生糸を歩きや馬で八王寺に輸送していた。また八王寺からは日用品が流通していた。
横浜港開港:1859年(安政6年)横浜港が開港すると国内向け生糸に加え海外輸出用の生糸の流通が増え、小峰峠の下を通す隧道建設が急務となった。
小峯隧道供給:1916年(大正5年)実に開港以来57年後のことである。
鉄路で横浜港へ:1930年(昭和5年)五日市鉄道が立川まで、1931年(昭和6年)八高南線・八王寺ー拝島間が相次いで開業すると鉄路での横浜港輸送ルートが確立する。
トンネル開通が、1916年(大正5年)、1930年(昭和5年)五日市鉄道 拝島ー立川間開通。
つまり小峯隧道経由の”秋川絹の道”の全盛は”大正5年から昭和5年までの”たった14年、、という短命に終わったことになる。
だが、この80メートルに満たない小隧道は、1999年(平成11年)新小峰隧道開通までの、実に83年間、秋川街道の難所を拓いた隧道であり、初期は絹の道として、その後は路線バスによる五日市ー八王子の交流の要衝として、フル稼働していたのである。
これは想像だが、この隧道(峠)を越えて、お嫁さんが来た、お盆に里帰りを送った。夏祭りの交流。こんなハレもあったのではないだろうか。
謂れなき心霊スポット扱い、心無い落書きには、口惜しい限りである。
夏草や手繰る峠のつづら折り ほの香
故・吉沢正美さんへ
百代の貨客も止まれ正美の夏 ほの香
※松尾芭蕉の奥の細道の書き出しに”月日は百代の貨客にて行き交う年も又旅人なり”とあるが、そんな行列など止めてしまえ!! さすれば正美さんが楽しみだった夏休みが再現されるのだ
相模線を”上五”にいれると字余りですがOKな気がする。
相模線の離合の駅も青田べり ほの香
相模線の駅ひとつごと梅雨晴れ間 ほの香
涼しさよ女車掌の後部席 ほの香
鑓水峠は御殿峠と並んで八王子ー町田を結ぶ絹の道である
鑓水の谷戸を貫けほととぎす ほの香
きんいろモザイク アリス・カータレットさんへ
武蔵野に昔道あり涼みの子 ほの香
※句跨りの”アリス=あり涼”
武蔵五日駅近く郷土資料館にて
古民家に熱き緑茶の夕涼み ほの香
鉄瓶や足を崩して夕涼み ほの香
ツーリング中に見つけた古い商店。都市部では殆どがコンビニ会社に侵略されてしまったのが、この東京の街道筋に奇跡的に残っていた。駄菓子も売っており渋い(笑)
懐かしき氷菓に香る木のスプーン ほの香
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