10年ほど前の秋深まる頃、足元の風知草が黄金色に輝く三ツ峠を訪れた。
富士山を間近で見たくなった。
メンバーは隊長と副隊長。
富士急線の三ツ峠駅から歩き始め、この日は三ツ峠山荘に泊まった。
そのとき小屋のおやじさんに薦められたのが「湯ノ沢温泉」へ降りるコースだった。
おやじさんはよく利用するらしく、静かな良いコースだと教えてくれた。
当初は笹子へ降りる予定にしていたのを変更し、さっそくその気になる。
ただ降り口が分かりづらいというので詳しく話を聞いた。
翌日、山頂で富士山と記念写真を撮る。
天気も良く見通しも良いので、山荘のおやじさんお勧めコースを降りるべく降り口を確かめながら進んだ。
あるポイントより、最初の踏み跡に行きたくなるところをぐっと我慢して、次の踏み跡を辿るのだという。
しばらくは赤テープもあったが、踏み跡はだんだん怪しくなる。
稜線を外れているので藪漕ぎをして強行修正、副隊長に文句を言われながらも稜線に這い上がった。
痩せた岩混じりの尾根を小さく上下しながら進む。
そして小さなピークにさしかかり登りつめた瞬間、ピークの岩をはさんだ向こう側に首から上のカモシカと遭遇した。
相手との距離は2メートルほど、黒く短い角、ふさふさとしたあごひげのニホンカモシカの頭と真正面に向き合ってしまった。
カモシカにしたら突然目の前に人間の頭が飛び出してきたのだから、さぞ驚いたことだろう。
彼は大きく頭を振りながら「ブフン!ブフン!」と激しく鼻息を吹き出し、威嚇している。
後退りはできない状況なので、私は思わず上体を半身ほど引き、「脅かしてごめんなさい、ここを通してください」と言った。
すると彼はまた「ブフン!ブフン!」と威嚇したが、頭は岩の下方にすっと消えた。
私は後を登って来ている副隊長を見下ろし、「今カモシカが・・・」と言った。
副隊長はそんなこととは知らずに、「なーに隊長、鼻息荒いのかと思った」なんて言うのだ。
いくら何でも、私があんな凄い鼻息を吹き出せる訳ないだろうに。
ピーク越しにそっとあちら側を覗いてみると、先の稜線のどこにも、もう彼の姿は無かった。
安堵して、先を進んだ。
見通しの良いカラマツとツガの広い斜面に出たとき、副隊長が林の中に黒いものを発見した。
だんだん近づいて行く、熊ではない、四足ですっくと立っているカモシカのようだ。
今度は距離がある、「勝手に入ってすみません、何もしないのでただ通してください」と右前方のカモシカに声をかけた。
雌のカモシカだろうか、彼女はピクリとも動かずにこちらを見ている。
踏み跡はそれ以上彼女に近づくことは無かったが、回り込んでゆく私達を首だけ回してずっと目で追っているのが分かる。
大久保山を越えてゆくとまた痩せ尾根となる。
その先は勘で分かれ道を選んだり、踏み跡を見失って道を探し回ったりした。
やっと林道に出た。
目印も標識も無い静かで素晴らしい尾根だが、あのおやじさん、よくもか弱き女性二人パーティーに勧めたものだと思った。
野犬の収容所らしき恐ろしげな檻の横を通過する。
やっと湯の川温泉「渓山荘」にたどり着いた。
人気が無く静かだが、声をかけると若いお兄さんが現れた。
三ツ峠から何とか降りて来たと話すと、この宿には釣り人が来るくらいで、山から人が降りて来ることなんて無いという。
風呂に案内され、副隊長と温泉で汗を流した。
お兄さん曰く、富士急線は運賃が高いことで3本の指に入るらしい。
用事のついでにと、親切にもいくつか先の駅まで車で送ってくれた。
山荘のおやじさんには良いコースを教えていただき、渓山荘のお兄さんのおかげで気分良く山旅を終了することができた。
ニホンカモシカは一夫一妻制だという。
きっと彼と彼女は夫婦で、ほとんど人の来ないあの尾根で静かに暮らしているのだと思う。
間近に遭遇した時の彼の顔と鼻息は忘れることができない。
そしていつまでも見送っていた彼女の姿も感慨深い思い出である。
uri-95さん、こんばんは。
MonsieurKudoと申します。はじめまして。
自分も初めて三ツ峠に行った際、屏風岩近くの階段を登っているときにふと横を見ると、食事中のニホンカモシカがいました。
確か1メートルも離れていなかったと思います。
ちょっとびっくりしましたが、彼(彼女?)は食事に夢中でこちらには興味なしの模様。
鼻息も荒くなかったし、大人しい感じに見えました。
しめたとばかり、写真や動画を撮らせてもらいました。
↓そのときの写真です。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/photodetail.php?did=947421&pid=e3730b829961b047a6b043f079adb04b
(もっと寄って写したものもありましたが、寄り過ぎてピンボケしてしまったので、レコには載せていません。)
MonsieurKudoさん、初めまして。
コメントをありがとうございます。
動画、拝見しました。いいですね~。
食事に夢中で気が付かないのかな~と思っていたら、こっち見た。
でも驚きませんね、肝が座っています。
私の時は、いきなり顔と顔が出くわしたので、彼がびっくりしたんだと思います。
バスの時間も忘れるほど見てしまうこと、良くわかります。
野生動物を間近で見られたのは本当にラッキーですね。
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