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環境省は18日、特別天然記念物「ニホンライチョウ」の人工繁殖事業で、ひな2羽が孵化ふかしたことを確認したと発表した。
同事業で孵化が確認されたのは初めて。ニホンライチョウの人工孵化は1998年に長野県で成功して以来19年ぶり。
今回孵化が確認されたのはいずれも富山市ファミリーパークで先月産まれた卵で、17日午後11時15分、同40分頃にひながかえった。2羽とも元気な様子だという。2羽の性別は不明。同省は2015年から人工繁殖事業に取り組んでおり、同パークのほか、上野動物園(東京都)、大町山岳博物館(長野県)でも産卵が確認されている。
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特段守られていなくても、太古からそこに生き続けて来たライチョウ、なぜ減ってなぜ特別天然記念物なのかという歴史を調べた人はどれほどいらっしゃるでしょう。
私調べたことありません(゚_゚)
経緯を引用や自分なりの言葉で綴り出すと、とんでもない長さになりますので割愛しますが、乱獲もしくは生息域に干渉して減らしたのは人間、減らしておいて絶滅しそうだからと守ろうとするのも人間であります。
人は長く生きて百年前後、不死の神がいるとすれば、せいぜい数百年の間に人がやってきたことを見、その辻褄の合わない思考に雷の制裁を落とすことになろうかと思いますが、しかし制裁はない、神はいない、きっとライチョウは近い将来絶滅するであろうと思っています。
いや、そうじゃない、絶滅はしない、そう言える根拠を示せる方はいますでしょうか。
自然保護ってなんでしょうね。
『自然を大切に』
『植生保護のため立入禁止』
こういう看板よく見ますよね。
すべての人が真剣に守りたいと思うならば、誰一人山や海へ入らなければ良い。
『大切な自然を後世の子孫に残しましょう』
『そこ踏むな』
『そこへ入るな』
『ゴミ捨てるな』
何から何まで、人間側思考の文言でうんざりですよ。
そこが本質なんじゃないでしょうか。
入れば荒れる、そこはハッキリしているのに、そこをぼかして誰もが登り、誰もがそこで食べ、飲み、寝て、降りてくる。
そしてこんなことを書く私も、足元の植生を一歩一歩踏みにじりながら今日も山へ入る。
いっそすべての山への入山禁止という法令でも出来ればいいなと思っている。
自然を少しでも守ろうとするならば、それが最善でしょう。
山登りなんてしょせん趣味ですよ。
そう思うならあんただけ登らなきゃ良い、そういうレベルの話ではなくなってきていると思います。
こちらは単に趣味、ライチョウにしてみれば種の存続がかかる大問題でありましょう。
人なんて結局、自分だけ道徳的行動が出来る生物じゃないんですよね。
そして『足るを知る』生物でもない。
ならば、全面入山禁止する山域があっても良いと思う。
全山域と言えばすごい非難がありそう(´_`;)
※写真は昨年立山で出会ったライチョウです。
人が守ろうとすると、なぜこんなに足環が必要になるんでしょうか。
「地球に優しい」というフレーズを見て、小学生時分に疑問を持ったことがあります。
「いままでの物よりは地球に害が少ない」という表現が正しいのに、どの辺が優しいのか…
生物に限らず、人類は地球そのものを消費しつづけてここまで発展してきました。それが良いか悪いかは僕には解りませんが、一つだけ言えることは、この地球ではどうやら環境にそぐわない生き物は淘汰されるということでしょう。
その昔トキは田畑を荒らすので害鳥指定され、淘汰されました。気付くと絶滅寸前。そこへ可哀想だから保護しようという人間。もし自分がこの世に残り僅かだという種族の立場にになったとき、そんな世の中で、果たして生きながらえたいものでしょうか。
まったく、SM100Cさんの日記に共感してしまいます。所詮、保護なんて人間のエゴであり建前であり自己満足でしかないんですよね。
本当に保護をしたいのなら、「関わらない」のが最善であり、その結果絶滅したならばそれはその種族が地球にそぐわないのでしょう。
人間は矛盾だらけの生き物。
本当に自然を守りたいなら電気もガスも使わなければいい。しかし自分だけは快適な生活を送りたい。けど自然は大事だという。
「これはたくさんあるから食べてもいい」
「これは貴重だから食べちゃいけない」
考えれば考えるほどエゴのカタマリですね(^_^;)
しかし、それも含めて人間ということでなのでしょうね。
消え行く生き物を見届けるのも、また人間ということです。
いつか地球にとって人間がそぐわない生き物にならぬよう、祈るばかりです。
山にいるすべての動植物はてんでばらばらに生き、死んでいく過程で、何も自然界のルールを侵さないのに、人間だけが自然界にダメージを与えていきますね。
それが意図的であるにせよないにせよ、ダメージは確実に蓄積されていきます。
例えば登山道を通るたびに落ちている飴の袋、わざとじゃないにしても、入山人数が多ければ多いほど、袋の数が多くなるのは簡単に推定できますよね。
それだって長い目で見ればダメージなわけで。
こういう絶滅危惧種を守ろうという話の中でいつも違和感を感じるのは、減ったから増やそうって考え方です。
なぜ減ってから気付く?
守られているから入るなって?
そうじゃないだろうといつも思っています。
守られていない場所でも出来るだけ干渉しないという姿勢がない限り、どんどん地球上の種は失われていくことでしょうね。
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