今頃になってコロナに罹るとは、お前、一体なにをやってるんだ、そう自分を何度叱ったことか、まあ、山でもいつも遅いから、何にでも遅いのだろう。
先月24日(土)夜なぜか熱が出てきて、あれよあれよという間に39.8度に上がった。こんな高熱は経験したことがない。身体のあちこちを鋭い痛みが走るのに耐え、うん、うん、唸って2日過ぎ、27日朝になってようやく熱が下がる気配を示し始めた。ここぞと常備の解熱鎮痛剤を朝、昼、晩連続して服用したら見事37度を割ってくれた。
それだけだったらまたインフルエンザに罹ったのかで済んだのだが、今回は夫唱婦随、妻が2日遅れの26日夜に発熱し、私と全く同じ症状を呈し、二人枕を並べて苦しんだ。
3月1日は妻の大学病院皮膚科での診察日に当たっていたので、やや熱が下がり始めた妻が発熱状態でも診察可能か否か電話で問い合わせたら、コロナでない証明書を持参せよとの回答、そんな証明書を要求されて面倒なことだと思っていたら、妻はなんかこの大学の皮膚科通院を楽しみにしているようで、まだ熱のある身体でいそいそと近くの気安い病院の発熱外来を訪れた。
「コロナだってよ。」
電話から明るい声が響いた。なんか嬉しいものを貰った時のようだ。またノーテンキ振りを発揮している。実際ひと抱えもある薬を貰ってきた。夫の分も処方してくれと頼んだら、もう日数が過ぎているので必要ないと言われたとのこと、帰りにスーパーに寄って買い物したと言う。やれやれ、もう治ってしまったようだ。
その後二人とも熱が上がることはなかった。しかし、後遺症がすごかった。胃が食べ物をいっさい受け付けない、常時ムカムカし、好きなフルーツだけでもとテーブルに並べても一口でムカーとくる。カルピスも飲み残す。コーヒーなんかは吐いてしまうだろう。外へ出ればフラーとよろめく。そんなシャリバテ状態が1週間続いた。
遅れ遅れになった妻の実家の法事が10日に行われる。まあ、何とかなるだろう、少しは良くなった気もするしと思いながら9日新幹線に乗った。車中では子供や孫たちと一緒だったし、海の民宿では遠くに居る長男たちも合流し久しぶりに家族全員揃った。ふんだんに出てくるカニや新鮮な魚、おいしいお酒で大いに盛り上がり、胃の不調はどこかへ消し飛んでしまった。翌日は、さらに実家の一層賑やかな一族郎党と大いに飲み食いし、二人ともコロナのことはすっかり忘れた。帰宅後の体重は1キロ以上増えていた。
昨日廃止になった特急「しらさぎ」に乗り、米原で新幹線に乗り換えて東京へ帰った。妻の里帰りにいつも利用してきた思い出多い列車だけに廃止となると寂しい。妻の実家がある北陸の海の古い街並みも昔ながらの家が取り壊されて空き地が目に付くようになった。
いずれにしろコロナからは回復した。そろそろ山へ行きたい。
山歩き、楽しみですね🎵どうぞ、後安全に。
ありがとうございます。
とりあえず登り慣れた景信山へと思ってますが、
体力も回復してるかどうかちょっと心配です。
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