そこで名の由来の穂高連峰の写真を撮りに常念岳に登った。梓川を挟んで穂高岳の対面の常念岳ならば良い穂高岳の写真が取れるだろうと狙いをつけた次第である。
上高地から徳沢園−大滝山−蝶ケ岳−常念岳−須砂渡コースとした。1日目は蝶ケ岳ヒュッテに泊まり、翌朝、蝶ケ岳頂上で、当初の狙い通りに朝日に赤く染まる槍ヶ岳から前穂高岳連峰までの素晴しい写真を撮ることが出来た。写真を撮りながらいつの日か、穂多果を連れて穂高岳に登られたら良いなと思い、それが私の夢となった。その夢も彼女が10歳の夏に涸沢経由で奥穂高岳に登り達成できた。また後日、穂多果と二人で北穂高岳から前穂高岳まで縦走したことも楽しい想い出である。
蝶ケ岳から常念岳までの槍・穂高連峰を常に見ながらの大展望コースは楽しい。この頃はあまり高山植物に興味がなく、蝶ゲ岳のお花畑もいろいろと咲いていたが、槍・穂高の方に目が行ってしまい、花の写真は1枚も残っていない。常念岳には8:40に着き、最後の槍・穂高の写真を撮って常念小屋に下る。槍・穂高の展望に名残を惜しみつつ須砂渡に下った。一の沢林道終点まで下山してくると何組もの人達がそれぞれ、来たタクシーに乗り込んでいる。どうしてタクシーが来ているのか不思議になり、タクシー待ちの人に聞くと、常念小屋から電話で時間予約してタクシーを呼んでいるとのこと。知らなかった私はタクシーを呼んでいないので仕方なく、当初の計画の須砂渡まで更にここから2時間半、歩く事を覚悟した。そうしたら3人組みのパーティーの人が松本までタクシーで行くけれど良かったら割勘で乗っていかないかと声をかけてくれたので、喜んで同乗させてもらった。
2度目に常念岳に挑戦したのは14年後の5月の連休に、ハイキング同好会で燕岳・大天井岳・常念岳に向かった時であった。
1日目に燕岳に登り、燕山荘に宿泊した。同好会のメンバーは私をはじめ酒好きばかりで、燕山荘の部屋で大宴会となり消灯時間まで飲んでいた。翌日は常念小屋までのゆったりとした計画であったが、メンバーの中に二日酔いの者がいて、なんとか大天井岳まで来たものの気持が悪くて歩けなくなくなってしまった。晴天ではあったが風がものすごく強く、大天井岳の登りでは立って歩くこともままならず、風の息を見計らい、這って登るような状況も重なり大天荘に泊まる事にした。このお陰で夜は槍ヶ岳の上に十三夜の月を飾りとした槍・穂高連峰を、翌朝はモルゲンロートの槍・穂高連峰を見ることができた。しかし、この山行では常念小屋まで行ったものの時間が無くて常念岳を断念し、一の沢林道に下山せざるを得なかった。
写真:槍ヶ岳の肩からの常念岳
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