鷲羽岳を出発して1時間40分で水晶岳に着く。水晶岳からの展望も鷲羽岳に勝るとも劣らない素晴しいものであった。名前の由来の水晶は小さいけれど登山道沿いにも多く見つけることができた。水晶岳山頂付近よりも赤牛岳への稜線の方が多く、大きい水晶が目につく。
水晶岳から先の赤牛岳を経て新しくできた読売新道は、奥黒部ヒュッテまでは当時の地図によると破線(難コース)であった。赤牛岳までは何も問題の無い道であったが、しかしその先は、倒木等があるなど北アルプスの登山道としてはまだ整備が不十分であり、疲れ果てて奥黒部ヒュッテに14時35分に着いた。この日は疲れたのでここに泊まる事も考えたが、立山や針ノ木岳の古い山岳記録、紀行文を読むと必ず出てくる平ノ小屋に憧れていたこともあり、疲れた身体を引きずって平ノ渡し場までの1時間30分の工程を歩く。16:10に着き、最終の船便16:50で黒部湖を渡り平ノ小屋に入る。
小屋の2階の部屋では5〜6人の60歳以上のグループの横に陣取る。年配者達は一人を中心に車座になり酒宴を開いていた。当時は中高年の登山者は少なく、話を興味深く聞くとはなしに耳を傾けていると、メンバーの一人が、車座の中心に居る人物が誰か分かるかと私に聞いてきた。話の中身を聞いていた私は、自信がなかったが「失礼ですが佐伯文蔵さんですか」と恐る恐る答えた。「そうだ、文蔵だよ。良く分かったな。」と教えてくえた。車座の中心の人は立山芦峅寺の名ガイド、剱沢小屋の主でもある佐伯文蔵であった。佐伯文蔵は17歳から立山ガイドになり、昭和初期に多くの大学山岳部のガイドをしていて、某大学山岳部のOBが久しぶりに文蔵と山歩きを楽しんでいたのである。当時、佐伯文蔵は61歳で、すでに環境保護、遭難者救助等で厚生大臣賞、内閣総理大臣賞、黄綬褒章などを受賞していて、われわれ山仲間では名前を知らない人は居ないほど有名な人物だった。
佐伯文蔵を知っていた事で酒席の仲間に入れてもらい、お酒を御馳走になった。文蔵に今日はどこから来たと問われ、三俣山荘から読売新道を通ってきたこと、読売新道が整備されておらず苦労したことを話したら、「贅沢を言うな。読売新道も良い道だ。道があることをありがたく思え」と笑われてしまった。それから、今まで本でしか読んだことの無かった昭和初期当時の山登りの話を、酒を飲みながら1時間ほど楽しく聞かせてもらった。
翌朝、文蔵たちグループはロッジくろよんから立山一の越に戻るとのこと。ロッジまで船をチャーターしているから一緒に乗っていけと誘ってくれたのでありがたく便乗させてもらった。
船を下りると佐伯文蔵は先頭に立って、背中を伸ばし歩き始めた。その後姿には、60歳を過ぎてもガイドの気骨が溢れていて、当時30歳の私は60歳を過ぎても文蔵のように歩きたいものだと思いながら見送り、黒四ダムに向かった。その私も今は67歳になり、山を登り続けられていることは、この時を思い出すと感慨深いものがある。
写真:若かりし頃の水晶岳山頂での1枚
こんにちは。
良い想い出ですよねぇ。
伝説の人と酒席を共にするなんて、なかなかない機会ですからね。
fujinohideさん、こんにちは。
素晴らしい御体験でしたね。
ビックネームの方との出会いと宴席ですから想い出深いものがおありでしょう。
実は私にも登山家では無いのですがビックネームの方と宴席を複数回ご一緒して親しくお話をさせていただいたことがあり、今もよい思い出になっています。
作家の梶井基次郎氏の兄上で当時、日本アマチュア無線連盟の理事長をなさっていた梶井謙一氏です。
無線のお話から弟の基次郎氏の文学の話などお聞かせ頂きました。
このような想い出は一生の宝ですね。
大切になさって下さい。ainakaren
fujinohide さま
>道があることをありがたく思え。
まさに。。。
これから美味しい が飲めそうです(走ったし )
。
ステキな思い出ありがとうございます。
そして、私もいつまでも歩き続けたい一人です。
伝説の人とすれ違うぐらいはあったかな
fujinohideさん おはようございます。
私にとっても平ノ小屋は懐かしい場所です。
20代後半の頃よく通いました。くろよんロッジが出来る前というか通っている頃、作っていたことを覚えています。
当時は山より渓流に引かれていましたので、岩魚を追い
近くの温谷、奥黒部などを歩いていました。
台風でドシャ降りの中奥黒部から帰ったときは、「こんなとき動くもんじゃない」とどすの聞いた声で怒られ、怖い親父さんでした。
5年ほど前に読売新道を通ったとき、覗いてみたら小屋には当時子供だった息子さんが立派にやっていました。
元気なうちにもう一度たずねて見たいです。
賢パパさん、こんにちは。
文蔵が船から降りて、歩きだしたときの気骨あふれる後姿が今でも目に浮かびます。
酒の席は緊張していたのか、あまり記憶になく当時の日記に書いてあったことを上記の記事に書きました。
ainakarenさん、コメント有難うございます。
著名人はやはり我々凡人が持っていない、何かを持っていますよネ。だから著名になるんでしょうが。
私は芸能人をはじめ、著名人に会うことにはそれほど興味は持っていませんが、その人が凡人とは違う何を持っているのかは会って知りたいとは思います。
77ms1ksbさん、こんにちは。
私も山で話をしたのは文蔵くらいですが皇太子とニアミス(前日に皇太子が泊まった小屋に宿泊)したこともあり、伝説の人と私たちが気が付かないところでニアミスや擦れ違っているかもしれませんネ。
treeappleさん、こんにちは。
昔の記録を読んでいて、平ノ渡し(籠)で実際に渡ってみたいなと平ノ小屋に憧れのようなものを持っていました。
もちろん、黒四ダムで黒部湖ができ、平ノ渡しは船になり平ノ小屋も昔と変わりましたが、それでも平ノ小屋に泊まりたかったです。
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