家から車で夜中に畑薙第1ダムに向かう。ダム駐車場には予定より大幅に遅れて2時30分に到着。車の中で仮眠して朝食後、6時に小雨の中、雨具を着込んで歩き出す。
途中の横窪沢小屋に予定よりかなり早いペースで着いた。しかし小屋から上は雪が現れ、雨で雪が腐っていて膝までもぐり、かなりの労力を使い果たす。茶臼岳小屋までの最後の1時間は久しぶりの雪道にバテバテとなってしまった。茶臼岳小屋の1階は完全に雪に埋まり、2階の窓から小屋に入る。小屋は20人前後の登山者が宿泊していた。
翌日、朝食の餅を雑煮にして食べ、サブザックに昼食、非常食を詰め込んで出かける。朝、雲1ツ無い天気である。富士山にはかさ雲がかかっていたが、快晴のこの天気ならば光岳を往復して戻るまでは天気が持つだろうと雨具は置いて行くことにした。稜線に出ると、上河内岳、聖岳が大きい。茶臼岳から仁田小屋に向かう途中で雷鳥の夫婦に会う。北アルプスでは良く見たが、これは私が1番南で出会った雷鳥である。
仁田小屋は屋根の1部が見えるだけで完全に雪に埋もれていて使用不可能の状態であった。茶臼小屋を出発した時は、私がトップで膝まで潜りながらラッセルしてきたがピッチが上がらない。易老岳で後発の二人組みが追いついてきたので、これ幸いに先頭を譲る。先行二人組のトレースを忠実に踏み、潜る事も少なくなり、非常に楽になった。
イザル岳分岐で昼食にしようとサブザックを開けると、コンロが無い。茶臼岳小屋に置き忘れてきてしまったようだ。昼食予定のラーメンを作ることができず、非常食のパンで我慢する。
この頃から空の半分が真っ暗な雲に覆われ始めた。光岳に着いた時はとうとう真っ暗になり雨が降り出してきた。私の読みが狂い、雨具を茶臼小屋に置いてきてしまったのでウインドブレーカーを着て、すぐに引き返す。そのうちに雷を伴った物凄い大粒の雨となってしまった。なんとかビショ濡れになりながらも16時45分に茶臼岳小屋に戻る事ができ、着替えて熱燗で身体を温める。
翌朝も風雨が強く、6時を過ぎても誰も寝袋に潜り込んだまま起き出してこない。私は下山するだけで、樹林帯の道であるから風をまともに受けることはないと判断して強風の中、意を決して小屋を後にする。
1時間も下ると、風はほとんどなくなり晴れ渡った。茶臼岳はまだ厚い雲の中である。来たときは小雨で楽しめなかった新緑の中を、畑薙第1ダムまで気持ちよく歩くことができた。今回の山行は私のうっかりミスや判断ミスが重なり、褒められた山行ではなかったが「終わり良ければ全て良し」としよう。
こんにちは。
昔、何も知らずに越年登山と称して茶臼小屋に連れて行かれて年を越したことがあります。
途中、横窪沢小屋に一泊し、茶臼小屋には二泊しました。
上河内岳には連れて行ってもらいましたが翌日は仁田岳までで光までは行けませんでした。
連日の晴天で富士山や聖、赤石がきれいに見えました。
懐かしい想い出です。
賢パパさん、黒戸尾根、お疲れ様でした。私は軟弱なので七丈小屋で一泊で登りました。
私は南アルプス、特に南部は天気に恵まれず、あまり展望には恵まれていません。
光岳はただ単に、頂上を踏んだというだけで戻ってきてしまいましたので、もう一度、機会を作り訪れたいと考えている山です。
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