槍ヶ岳、冬の北鎌尾根で命を落とした加藤文太郎について、事実に基づいて書かれたフィクション作品を読み終えた。
既に新田次郎の「孤高の人」や本人が残した資料に基づき刊行された「単独行」を過去に読んでいたため、この本に対してそれ程大きな感動を期待していなかっただけに、読書中から読了後、予想以上の感動を味わった。また加藤文太郎という稀有な登山家に対するイメージが大きく変ったのだった。
兵庫県内の県道をひたすらもの凄いスピードで歩き続ける加藤、地図も勿論ガイドもいない中での氷ノ山や鉢伏山の雪山縦走の無謀振りには驚いた。
さらに、何故単独行ばかりだった加藤文太郎が、何故冬とはいえ何度も踏破している槍ヶ岳の北鎌尾根で吉田という若い登山家とザイルを繋いで遭難したのかが腹落ちしたのだった。
実際に読んで頂きたいので多くは紹介しないが、北鎌尾根には槍ヶ岳山頂から独標に下って登り返そうという計画だったのだった。また、槍ヶ岳肩の小屋には槍平から向かって4人で到達したということ、他の二人や槍平まで同行していたガイドの存在が遭難の布石になっている。
その前に伊吹山で吉田君(後に一緒遭難)と出会い、加藤文太郎から北鎌尾根のパートナーとして声を掛けたこと、乗鞍岳の冬山山行で遭難しかけていたことなど、知らなかったことが沢山有った。
谷甲州の書き方描き方は、彼自身が本格的登山家なので、新田次郎の描写とは異なり、本当に自分が加藤文太郎になったかのような気持になるくらい真に迫った描写が続く。
思わず付箋を付けた箇所
・実際に加藤の山行は、ビギナーとは思えないほど性急なものだった。ひとつの山を登り終えても、決して満足することがない。下山後はただちに次の山に向かい、休む間もなく歩き続けた。そして二番目の山を登ると、さらにその次の山をめざした。行動を停止するのは、休暇を使い果たしたときだった。
・それよりも、登頂の好機を失するのが怖かった。俗に「山は逃げない」というが、天候は逃げる。気力や体力も逃げるから、去ってしまった好機は取り戻せない。逡巡するくらいなら、歩き出した方がよかった。
・かつて穂高の稜線上でビバークしたときのことだ。風雪が激しく、それ以上の行動は無理に思えた。吹きさらしの高所で飛雪にたたかれながら、加藤は考えていた。吹雪がおさまるまで、ここで待機をつづけるべきかもしれない。それとも稜線どおしの困難なルートを避けて、より安全な巻き道をたどるべきなのか。そして唐突に、加藤はその事実を思いだした。自分は何のために山へきたのか。荒れる天候と戦い、困難な地形と戦い、そして自分と戦うためだった。それに気づいた以上、姑息な手段をとることは許されない。自分自身を叱咤し、勇を鼓して吹雪をついた。
・実をいうと最近は以前ほど山登りを楽しめなくなっていた。ビギナーの時は、すべてが新鮮だった。はじめて眼にする冬山の大観に感動し、次第に赤く染まっていく夕暮れの山々に心を奪われた。-中略-よくわからないが、惰性と義務感で登山を繰り返しているような気がする。
冬山には登らなくともアルプスの山々を克己で踏破している一般登山者に是非読んでもらいたい一冊である。
私が高校生の頃、新田次郎さんが書いた「孤高の人」を読んで以来、加藤文太郎は憧れの人になりました。
私もいつも単独行ですが、それは「孤高の人」の影響が非常に大きいと思います。
彼の生まれ故郷の浜坂に、加藤文太郎記念図書館があります。
私の生き方に多大な影響を及ぼした加藤文太郎とはどんな人物だったのか。
都心からは遠いのですが、どうしても気になり7年前に訪ねてみました。
その記念図書館には彼が愛用していた登山用具、彼が写した写真や知人に宛てた手紙、当時の新聞記事などが展示されていました。
その中で驚いたのは彼が使っていた登山靴でした。それは現代の登山靴とは比較にならないほど粗末な物で、これで真冬の北アルプスを縦走していたのかと仰天しました。
「孤高の人」の彼は無口で偏屈な男として描かれています。
しかし彼が知人に宛てた丁寧な手紙を読んで見ると、実際は人間関係をとても大切にしていた好青年だったのだという印象を受けました。
私はなぜかホッとして、遠路はるばる訪ねてみて良かったと思いました。
単独行「アラインゲンガー」も読んでみようと思います。
「孤高の人」で描かれている加藤文太郎とは違った繊細で気配りのある、家庭思い、親思いの彼の人柄が感じられる本でした。是非チャンスがあればお読みください。谷甲州だからこそ書けた一冊です。
登山装備や食糧、現代の我々が如何に恵まれているのか、再認識し感謝しなければいけませんね。車や山小屋も含めて…。
ありがとうございました。
当時のヤマレコのコメントを読むとあまりよくは書いていませんが、
山を舞台にした小説では一番まともな本ではないでしょうか。
https://www.yamareco.com/modules/diary/93584-detail-152588
追伸
一番は山本茂実の「喜作新道」だと思います。
https://www.yamareco.com/modules/diary/93584-detail-150929
この本は去年ヤマレコ日記で知って読みました。私も「孤高の人」を先に読んでいたのですが、こちらの方が実際の加藤文太郎に近いような気がして好きでした☆
感想を日記に書いたら、「穂高に死す」と「単独行」を薦められました。「穂高に死す」は短編集なのですが、その中の一つが加藤文太郎の北鎌尾根遭難の話です。ちょっと描写が生々しい部分がありますが、こちらも良かったです。
「単独行」を読むと小説とは違う加藤文太郎のお人柄がよくわかりますよね。一人の人物について4冊もの本を読むのはなかなか面白い体験だと思いました(*^^*)
私もアラインゲンガーは本当によくできていると思います
序盤の自動歩行に興味を持っていかれてその検証日記みたいなの書いてたのを思い出しました笑
加藤文太郎の、登山をまさにPDCAで捉えて実践している様子や、まだ登山用具が充実していない時代に創意工夫を重ねている点は、いかにも理系でとても共感できる描写です
時代背景は古くとも、人の心の動きは今と何ら変わらない描き方になっていることがとてもリアルで感情を揺さぶられました
本当に見事な作品だと思います
いつの時代も天才のはじまりは凡人というか、本人のひたむきな努力は周囲からは伺い知ることもできず、実績を積むまでは無謀とののしられ、肩身の狭い想いをしている文太郎の存在感も異様にリアルに感じるのもこの作品の良さだったと思います
あれ読んだ後、しばらく自動歩行と凍ったかまぼこを布団の中で齧ってビバーク気分を味わうのがマイブームになりました笑
ちなみにアラインゲンガー読んで興味が深まった後に孤高の人を読んだのですが、アラインゲンガーがよくできすぎていた為に活字アレルギーの私はそっちは五分の1で挫折しました笑
私も「穂高に死す」はお勧めです
強靭に鍛え上げた登山家たちが山に魅せられて散っていく様が儚くもあり魅力的でもあり、なんとも言えない読後感でした
あと出てないものだと、「黒部の山賊」も大好きです
北アルプス三俣付近を中心とした御伽噺のようなほんとうにあったお話で、あの辺を歩くのが一層楽しくなりました( ´∀`)
そして先日、平ノ小屋でその黒部の山賊みたいな話を聞いて感無量でした笑
あと、映画ですが、「アイガー北壁」のあまりのリアルさに1ヶ月山に登るのが恐ろしくなるほどのトラウマを植え付けられましたが、そちらもいろんな意味で凄かったです(語彙!)
どんな屈強な登山家でも山の前では無力に等しい、いわんや自分をや、ということを叩きつけられた作品でした
長々と失礼しました💦
早速Amazonで「穂高に死す」と「喜作新道」を購入しました。「黒部の山賊」は昨年読みました。
情報提供有難うございます。
加藤文太郎は死後、80年以上経過した現在に至るまで名を残していますが、生きている当時はあまり評価されず、仲間も少なく、辛い思いを抱えて山に向かっていたのだと思うと少し切なくなります。mako_hattoさんの言われる通り肩身の狭い思いだったことが伺い知れます。
多くの登山者に沢山の影響を与えていることを、仮に本人が知ったらどう思うのでしょうか。
はにかむ様子が想像出来ます。
映画はまだ観ていません。ネットフリックスかアマゾンプライムで探してみます。
ところで今週末はmako_hattoさんが最近行かれた赤牛岳にチャレンジしてきます。ルートは少し違いますが、遠くて奥深い山の赤牛岳は、今年計画した山行の中でも大きなイベントの一座なので頑張ってきます。
ありがとうございました。
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