|
本の副題には『日本百名山』その後とある。
帯から引用
「『百名山』以後、私は相変わらず山登りを続けている。そして是非百名山に入れたい山もいくつか知った。それらは標高では第二線級である。しかしその山の形の美しさや品格のある点では、三千メートル峰にも劣らなかった・・・・・日本にはまだまだ私の知らない山がたくさんある。『日本百名山』を終わっても私の登りたい山は尽きない。」深田久弥
妻の「深田志げ子」があとがきで、この本が茅ヶ岳で逝った深田久弥最後の自選「山の紀行文集」であると書いている。
編集者に渡して僅か三日後に深田久弥は倒れたのだ。従ってゲラ刷りの校正は夫人の深田志げ子さんが行ったと言うことだ。
各紀行文には深田久弥氏が楽しそうに山歩きを楽しんでいる様子が、肩肘の張らないなめらかな文章で綴られている。
京丸山・黒姫山・日野山と木ノ芽峠・知床半島・鳳来寺山・弥彦山・秋の北アルプス・奥鬼怒・二上山・朝日岳から小川温泉へ・ニペソツ山・剣山・御池山と地蔵峠・二子山・暑寒別岳・駒ヶ岳・甲武信岳今昔・笈岳・音更山と石狩岳・大千軒岳
どの山でも登りでは自分が一番遅く、殿を喘登している様子が覗える。
もう身体に無理が利かない状態になっていたのだろうと推察する。
しかし笈岳には残雪期にテントを張って登っている様子、流石である。
ニペソツ山では、この山を日本百名山に選ばなかったことを相当悔やんでいる様子が分かる。
「『日本百名山』を出した時、私はまだこの山を見ていなかった。ニペソツには申し訳なかったが、その中に入れなかった。実に立派な山であることを、登ってみて始めて知った。」
ニペソツも含めてこの本に記載されている山々で私はまだ登っていない山が幾つかある。
それらの山々を、一座一座ゆっくりとこの深田久弥氏最後の紀行文選集「山頂の憩い」の文章を思い出しながら登ってみたい。
ニペソツはともかく笈ヶ岳が百名山にならなくてよかったです。もっとも、百名山に選ばれたら登山道が整備されて、無雪期でも登れるようになったに違いありませんが。
ニペソツ山も笈ヶ岳もまだ登っていません。
百名山に選ばれていたら、大変困難な山になっているでしょうね。
日本百高山の赤沢山みたいなものです。
神津島、行かれたんですね。どうでしたか?私は船酔いが酷いので寝る一択です、本を読んで過ごせる贅沢羨ましいです。
さるびあ丸、私は思ったより快適で船酔いはしませんでした。
時化の状況にもよるかと思いますがね。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する