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足跡が熊のものであることは分かっていたが、何ともうまいコース取りなのである。さらに、判断を誤った原因は、稜線上の峠らしき部分が見えていたことだ。どのように行っても登れると錯覚していたのだ。そして、一歩また一歩と、引き返せない危険な一歩を積み重ねていたのだ。熊に登れて自分に登れない訳がない、という過信もあったのだ。ただし装備は、土踏まずの下の4本歯と3シーズン用のトレッキングポールである。ついには、谷間の崖をよじ登り始め、ふと見ると、雪は氷の上に薄く乗っているだけである。この段階では下を見るのが恐ろしい状況で、いつの間にかカチカチの斜面で、わずかの手掛り足掛かりを探していた。落ちたらただでは済まない所で足先と指先でバランスを保ちながら、次へのステップを探すが見つからない。そして、手首にかけていたポールが落ちた。幸い?10メートルほど下で何とか留まっているが、すぐに諦めた。ほんとうにつかまるものがない。そして自分が落ちた。
どうしようもないので、ただ滑り落ちた。自分の落としたポールのところで幸い止まった。運が良かったとしか言えない。たまたま停まった。そして、身体が動くことを確認すると、右手の諦めた斜面に挑戦する。なぜか下りることが頭にない。血迷ったのだろうか。呼吸を整え、4本歯と短く持ったポールを食い込ませながら、10センチメートルずつ這い上がる。ただし、上がってもその先の見込みはない。また熊を追う。そして出た。陽の当たる極細の尾根。見晴しがよく、少し心を休めるが、写真を撮る余裕はない。ただ、目指す稜線はほんの少し斜面をトラバースすればよい。思ったよりも体力を消耗しているが、木を利用して進む。そしてついに出た。暖かい笹の稜線に。自分と道具の限界を知った。山に教えてもらった。
稜線上もかなりカチカチになっているので注意して進む。樹海越しの富士が神秘的な美しさだ。王岳から根場へ下り。天ぷらそばをいただく。うまかった。
軽い打撲とダウンが破れただけで済んでよかった。行く人がいたら、熊と私の足跡に惑わされないでほしい。
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