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「生きて帰ってきた男」小熊英二(岩波新書)2015/6/19
2015年、優れた評論エッセイを対象とした『小林秀雄賞』を受賞。戦前、戦中、戦後の日本現代史をたった一人のごくありふれた日本人の視点から描いた本ですが、見事です。
本書は歴史学者の小熊英二が父親、小熊謙二さんの一生を聞き書きしたもの。謙二さんは1925年生まれで、太平洋戦争時関東軍の一員として満州に派兵され、その後捕虜としてシベリアに抑留される。4年後に帰国し、激動の戦後を社会の下支えをしながら生きてこられた方。シベリア体験は本書の5分の2程。多くは戦後の焼け跡時代、朝鮮戦争時、高度経済成長時代、オイルショックなど、昭和と戦後を一介の「都市下層商業者」がどのように時代に翻弄されながら生き延びてきたかを、淡々と語られている。終戦時20歳は自分の父母の世代で、ああこのように両親は生きていたのだなあと。ちなみに私の父は樺太帰還者でした。
2015年の大晦日に読み終えたのだが、戦後70年の終わりにちょうど間にあってよかった。
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「ビッグデータ・コネクト」藤井太洋(文春文庫)2015/4/10
近未来SF(IT系)警察小説。サイバー犯罪を担当する刑事(万田)と、冤罪で捕まり完全黙秘で無罪となった男(武岱)が協力して新しい誘拐事件に立ち向かうストーリー。個人情報の集積であるビッグデータとマイナンバーの融合という極近未来の状況がまことにリアル。SE残酷物語でもあり、ITに詳しい方は楽しく読めるかも。主人公が極めて魅力的。最後の2章まできて、もったいなくて読むのをストップしたが、30分後には読み終えてしまっていた。スピード感溢れる展開とキレのある文体がいい。それにしても動物園で虎に食われたのは一体誰なんだろう。
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「一般意思2.0」東浩紀(講談社文庫)2015/12/15
「一般意思」はフランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーの国家と国民の関係を表す概念の一つ。東さんはこのアナロジーとして、現代日本の政治の中に、例えばツイッターやニコ生やあるいはグーグル検索的なものを援用して、人々の欲望や願望やリアルタイムの反応などを取り込むシステム、「民意を可視化するシステム」(=一般意思2.0)を想定する。いわゆる「民主主義的手続き=熟議」が成立しなくなった、あるいは熟議ではもう前に進まなくなった日本の政治の中にブレイクスルーをもたらすのではという一つの夢。面白いのだけど、自分としては“批判的に”面白い、という感じでしょうか。そもそも縁遠い世界かも。ルソー解釈部分は難しいです。
この本が書かれたのは2011年で、東日本大震災の前。15年12月に文庫化されたのだが、その文庫の帯にある、「…時代に先立って準備されていた、この孤独な本は、いまこそ読まれなければならない」という高橋源一郎さんの推薦文はなかなかかっこいい。
ところで、2.0というのは「ウエブ進化論」あたりから?ちなみに2.0をHATENA KEYWORDでひくと:
「web2.0、Docomo2.0に代表されるように、レガシーシステムに対して、新しいムーブメントの動き、または、その状態。ただし、「視力2.0」だけは意味合いが異なる」
というとぼけた定義がでてきて笑った。
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「紙の動物園」ケン・リュウ(早川書房)2015/4/25
ヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞の三冠受賞の表題作ほか15編の短編集。SF的奇想とリリカルな文体が魅力的で、素晴らしい才能を感じる。「紙の動物園」もいいが、「結縄」が『おー!』という展開で、最高でした。短編なのでストーリーを紹介できないけど、とりあえず立ち読みで。きっと本を持ってレジに向かっていると思います。
*ヤマレコユーザーさんからのご推薦でした。
びっくりです!生きて帰って来た男を先週から読んでいるところです。いま、入営のあたりです。もう一冊、1914年(海野弘)と並行読み(あと、洞窟おじさんも)です。
僕も、10年ほど前の祖父(1907年生まれ)の死後、細かいことをもっと聞いておけばよかったと悔いています。どこの連隊に入営してどこの港から中国へ出征したのかなど、父に聞いてもはっきり分からないのです。この本は丹念に聞き取りされていて、当時住んでいた狭い家の間取りや、周囲の商店の図もあり、語ることなく無くなった何百万人の昭和を追想できます。こういう仕事って大事だなあと思います。まだ生きている1929年生まれの母親には結構詳しく聞いたつもりでしたが、このレベルまでは、まだまだ。今度こそもっと聞かなくてはと思っています。
昨年は1945年樺太・氷雪の門という、1970年代の映画を見ました。真岡郵便局の女性電話交換手の最後の映画です。20歳で樺太では、タイヘンな一家の歴史ですね。
どうしてこんなに地味な生き方をされた方の聞き書きの本が、こんなに面白いのか、不思議なんです。途中でやめられなくなりました。帰省していた姉がうちで読みだしてそのまま持って行っちゃいましたよ
ぜひお母さんのお話を聞いてあげてください。手練れの聞き手は、話を奥から奥からひっぱりだしてくれるようですね。
私の父は樺太引揚者ですが、私が10歳のときに亡くなっており、話を聞く機会がありませんでした。父母が結婚したのは父の引き揚げ後ですので、母も詳しくは知らなかったと思います。
母は母の父(私の祖父)と終戦時生き別れとなり、再会したのは昭和40年頃だと思います。母の人生もなかなか波乱に富んだものだったと思います。そして多くの日本人が多かれ少なかれ、戦争によって運命の幾ばくかを変えられているのは本当のこと。もう古い記憶で忘れられていくものなのでしょうが。母には今も深い感謝の気持ちを持っています。
こんばんは。「生きて帰ってきた男」、珍しく既読の本が紹介されてうれしいです
この時代としては平凡な人生を歩んだ人なのでしょうが、本当に期待以上に面白い本でしたね。私は仕事柄、会社(立川ストア)に入社してからが特に興味深かったです。何より読みやすくて、薄くはない本なのに、どんどん読めてしまいますね。
この著者の「社会を変えるには」、もうお読みになったでしょうか。高橋氏「ぼくらの民主主義なんだぜ」でも紹介されていたかと思いますが・・これは私には最初は退屈でしたがだんだん面白くなって、学ぶところが多い本でした。
「民意を可視化するシステム」・・どんなものでしょう? いずれにせよ、一人ひとりが自分の目でよく見て、よく考えて行動することがますます求められる時代になってきました。
私の父も満州からの引き上げ体験者です。藤原ていの「流れる星は生きている」の世界に近かったようです。運がなければ私もこの世に生まれていなかった。
ちょっとズレますが、シベリア抑留関連では、瀬島龍三氏の軌跡を追った本を読み終えたばかり。わからないことがまた広がりました
kamadamさん、あけましておめでとうございます。
冬は読書がはかどりますねぇ
本は読めば読むほど、もっと読みたくなりますし、読みたいものも増えてきます。書痴にならない程度で、付き合っていきたいものですが、私の場合山歩きも重要な趣味なので、バランス良くいきたいもの。
今はカズオ・イシグロの小説を読み続けています。なんでもっと早く読まなかったのかとちょっと後悔。
「生きて帰ってきた男」は、個人的には2015の新書大賞をあげたいですね。ちなみに今年の賞は:
『地方消滅』 増田寛也 中央公論新社
2位 『資本主義の終焉と歴史の危機』 水野和夫 集英社
3位 『ハンナ・アーレント』 矢野久美子 中央公論新社
4位 『愛と暴力の戦後とその後』 赤坂真理 講談社
5位 『最貧困女子』 鈴木大介 幻冬舎
です。この5冊の内、1〜4までは、私、ヤマレコ日記でとりあげたものでした←ちょっと自慢
5位の鈴木大介さんは、この本ではなく「老人喰い」の方を書評しました。この若いルポライターは志があります。新書大賞の対象はちょっと時期がずれているので(ハンナアーレントは2014年3月の本です)、「生きて…」は2016の大賞候補になると思います。
鎌田さんのお父さんも満州引き揚げ者でしたか。多くの悲劇がありましたね。ずいぶん苦労されたことでしょう。シベリアの件ですが、当時70万の日本人が(兵士、満鉄関係者、公務員などが中心でしたね)抑留され、10%近くが亡くなられたようですね。収容所がどこだったかが生死を分ける大きなポイントだったようで、小熊さんのところは多少融通の聞く方が所長をされたこともあったと思います。いずれにせよ大変な苦労をされた方たちが、戦後十分に報われることもなかったのは、同じ日本人として誠に残念です。「国民が等しく耐えるべきもの」ではなかったという事実。シベリア抑留の話は、ソルジェニーツインの収容所ものとあわせて、きちんと読みたいと思っていました。
小熊さんの著作はこれが初めてですので、鎌田さんのご推薦のものも読んでみたいと思います。
「一般意思2.0」については、「民意を可視化するシステム」はやはり夢物語でしょう。ITの発達とそれに付随して広がっていくウェブ上のもろもろは、いまのところ、むしろ人間をダメにしちゃっているのではという印象。夢のシステムが開発されたとしても、運用はいつも危険と裏腹ですね。東さんの発言はいつも面白いですし、ルソーの思想との関係もなかなか驚きですが。
コメントありがとうございました。自分の日記を客観的にふりかえるいいチャンスでした。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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