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さて、辞書OEDの話。作り始めたのは19世紀末。完成は1927年、3代にわたる責任編集者がいた。3代目ジェイムズ・マレーがOED育ての親と言われる。この時代、辞書の語彙収集には膨大な数のボランティア(readerと呼ばれる)がおり、それぞれが読んだものから単語の用例を書いて送ってよこすシステム。膨大な手書きデータベース(コーパス)ができあがる。もちろんすべて使えるわけでなく、この整理だけで相当な時間がかかる。リーダーの中には後の有名人も混じっていた。トールキン、バージニア・ウルフの父、カール・マルクスの娘などもいた。中でも異彩を放っていたのが在英のアメリカ人マイナー博士である。彼の送ってくる用例は質量ともに群を抜いていた。やがてマレーはマイナー博士を大いに信頼し、自分からどのような例を送ってほしいかを伝え、博士はそれにきちんと応えそれ以上のものを送ってくれたという。
20年これが続いた。そしてCの項目を収録した第3巻が発行された1896年、マレーはマイナー博士に会いに行く。馬車に乗ってたどり着いた大邸宅で面会を求めた時、相手は答えた、「私はこのブロードムア犯罪者精神病院の所長です。マイナー博士はアメリカ国籍で、もっとも長くここに収容されている囚人の一人です。彼は殺人を犯しました。重症の精神病患者なのです。」
まるでレクター博士!
この本、田澤耕「<辞書屋>列伝」(中公新書)は、魅力的なOEDのお話から始まり、シオニズムを支えた現代ヘブライ語の創始者ベン・イフェダーと彼の「ヘブライ語辞典」、英語辞典の構成を援用しながら、初めて国語辞典「言海」を書いた大槻文彦、ヘボン式ローマ字を作ったヘボンと「和英語林集成」、ガルシア・マルケスが「この婦人は、一言でいうならば、ほとんど未曾有といっていいほどの功績を残した。」と絶賛した「スペイン語用法辞典」のマリア・モリネールなどをそれぞれ30〜40ページの評伝の形で紹介しているものである。
辞書が好きな人は勿論楽しめる。それ以上に、19世紀から20世紀初頭にかけて、奇しくも同じような情熱を持った人たちが、同じような喜びと苦しみを味わいつつ、それぞれの国で大きな仕事を成し遂げた共時的ドラマに驚かれると思う。ごくマイナーなジャンルであるが、私にとって今年のベストの新書の一冊になると思う。
チーズさん
おもしろい本の紹介ありがとうございます。読みたくなりました。同時代だったところがまた意味深いですね。この時代は本当に特別なことがいろんな分野で起きたなあと思います。アルピニズムもそうですね。
yoneyamaさん、こんばんは。
面白い本です。一つ一つが短いので飽きずに読めると思います。
言海の話やヘボンの話では、明治期の様子がよくわかります。辞書屋さんの情熱、なかなかいいものです。
仕事では英辞朗の無料コーパスを使うことが多いのですが、紙の辞書も捨てがたい。
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