奥久慈男体山 ブナの木ルンゼ(筆者勝手に命名、バリエーションルート)


- GPS
- 10:26
- 距離
- 13.8km
- 登り
- 1,030m
- 下り
- 1,040m
コースタイム
- 山行
- 7:15
- 休憩
- 3:11
- 合計
- 10:26
天候 | 晴れ |
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過去天気図(気象庁) | 2021年12月の天気図 |
アクセス | 恒例により、西金駅に車を停めて歩きました。林道は朝6時から7時で凍結箇所があり滑りました。車でアクセスする方はスタッドレス推奨です。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
(注意 無駄に長文です) 文中に現れるブナの木ルンゼ、ブナの木のコル、座禅岩、座禅小僧は筆者による勝手な呼称です。正式な(地元で通用している名称など)ご存知でしたらお知らせくださいましたら幸甚です。 今回のルートはいわゆるバリエーションルートです。ルートファインディング、若干の登はん能力、それなりの装備が必要です。テープマークはありますが谷に入ると人の入っている気配はなくなります。足の置き場を探して2mくらい進むのに10分くらいかかるところなどたくさんあります。今回は筆者2回目の山行で、どうすれば楽かを基本的にわかった上での登山でしたが、それでも取り付きからブナの木のコル(一般ルート上)へ出るまでに6時間半かかっています。 一般・健脚分岐を健脚コース側に入るとすぐに右手にお茶畑が見え、その向こうに岩の尖塔が見えます。お茶畑手前を横切って薮の薄そうなところを探し、尖塔の左側の巨岩帯を登高します。今回は水が流れていて岩が全体的に濡れ気味で、岩をよじるのに苦戦しました。 巨岩帯を通過すると2個のチョックストーンを通過します。一つ目はくぐれますが、運が悪いと流れの中を這って通過する必要があるかもしれません。今回は大丈夫でした。 二つ目のチョックストーンは、左側(右岸)の岩棚を使って高巻きます。岩棚が2段ありますが潅木のある高いほうがより安全です。安全とはいっても岩壁がかぶり気味で体が谷底に押し出される感じになる上に、フットホールドは浅いので置き方を良く考えて通過します。 岩棚を使って二つ目のチョックストーンの裏側に出たら、正面のスラブはやらずに、右岸の岩壁を巻くように伸びている岩棚を伝って裏側の谷へ出ます。 谷へ出たら、天気が良ければ明るく広い谷を詰めることができますが、やがて谷が深くなったところで三つ目のチョックストーンに行く手を阻まれます。ここも左側(右岸)から巻きました。ハンド・フットホールドが浅く、手足の置き方を決めるのに苦労しました。 三つ目のチョックストーンを通過すると谷は狭くなり、筆者がブナの木ルンゼと呼んでいる岩溝に到達します。ここを登はんすれば一般ルートです。空身で岩溝に身体を突っ張らせて登るのですが、岩が濡れていて滑りやすく、また終盤は岩溝の幅が広がって突っ張りが利かせにくくなります。最後脱出しそこなって墜落すると死にます。今回は背中側(男体山山頂側)の土にピッケルを打ち込んで身体を引き上げて脱出しました。ザックはザイルで引き上げますが、斜度のある崖っぷちに身体を寄せるので立ち木でセルフビレイします。 参考:筆者の一回目の山行記録 https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1714424.html |
その他周辺情報 | 山頂は午後2時でも凍結して、霜柱が立っていました。 |
写真
装備
備考 | ヘルメットは出張った岩や木への衝突、転倒時の頭部負傷を避けるために必須です。 靴は土付きの急斜面を、爪先を蹴りこんで登ったり、岩場を登はんしたりするので、爪先のそりあがったハイキングシューズは避けます。今回はアプローチシューズを使用しました。 土つき急斜面のホールドとして、あるいは岩の落ち葉を払ってホールドを探したりするのにピッケルが大活躍でした。必需品だと思います。 谷の状況によっては懸垂下降を必要とします。最後の岩溝では空身で登ってザックを引き上げます。従って、ハーネス、ザイル、カラビナ数枚(安全環つきカラビナ2枚を含む)、エイト環、スリング4本といった登はん具を用意します。 手袋は防寒テムレスとゴム引き軍手(タフレッド)を使用しました。テムレスは暖かでしたが岩をつかむには不向きでした。タフレッドは登はんにおいては安定していましたが防寒手袋ではないため、気温によっては凍傷になる恐れがあります。1月にピッケルをつかんでここを登ったときには辛いでした。どちらも岩場ではすっぽ抜ける危険があることを理解した上で使用します。 ヘッドライトはチョックストーンの内部を偵察するために日中でも必要でした。 その他、スマホGPS、デジカメ、ファーストエイド、水、行動食、タオル |
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感想
私はまだ生きていると実感できる山行だった。
ーーー以下は自分のためのメモーーー
■延期され続けた再訪
およそ丸三年ぶりの再訪となった。2019年1月にやってから、その年の秋、紅葉シーズンに再訪を計画していたが、9月の令和元年房総半島台風(台風15号)、そして10月の令和元年東日本台風(台風19号)による山の状態の悪化を嫌って挑戦を見送った。そして翌年からのCOVID-19の感染拡大と、巣ごもりに伴う体力と気力の低下で2020年も見送った。
2021年1月、おなか周りと頭の中が緊急事態宣言を発令した。それを受けてとりあえず頭を空っぽにして、奥久慈縦走路を歩き回ることから体力回復を図ってきた。図ってきたが基本的なハードウェアの性能の低下を徐々にではあるが感じてきた。残りの持ち時間はそれほどないかもしれない。山は逃げないが時間は刻一刻と確実に逃げていくのだ。
本当は紅葉の真っ盛りに入りたかったブナの木ルンゼ。ルートファインディングせずに、のんびりと下部のもみじの谷を詰めながら途中でお茶でもしたり、場合によってはビバークしてぼんやりしてみたいものだなどと妄想していた。しかし入山するには装備のチェックが必要だ。しかも狙っていた11月後半の週末には用事が入ってしまい、装備の準備は間に合わず(装備がどこに埋もれてしまったかを探すところから始めなければならなかった)。
実は入山をためらってきた理由はもうひとつあった。それは死ぬかもしれないということ。前回やったときには本当に散々な目にあった。これなら北鎌尾根や前穂北尾根のほうがまだましだったのでは、と思うほどのしんどいコース。しかもあれ以来こういう過激なことは全くやっていない。いや本当のことを言えば壁歩き=トラバースの練習は巣篭もり期間に秘密の場所でやっていたが、そのときからすでに1年半過ぎてしまった。感覚はすっかり鈍っているし、ロープワークもあまり覚えていない。懸垂下降は辛うじてできるかもしれないというレベルだ。もしも進退窮まったらかなりヤバいことになるのではないか。
こういう状態、もう一度ピリッとしたことをして、という気持ちで臨む場合、あるいはやりたいけれども何か胸騒ぎがするなという気持ちを打ち消しながら挑戦するとき、山岳小説や登山家の伝記によると大抵死ぬパターンと決まっている。
とはいえ、厳冬期には厳冬期でしょっぱいところをやりたい気持ちもあるし、それとは別の諸事情で必ずしも冬に山の時間を十分に取れるかどうかわからない。そうなるとチャンスがある今回の週末に歩いてみるしかないだろう。不安もあるがワクワクもある。あのテーブルがくぐれるのか(後述)が特に気になった。
かくして前日12月4日の土曜日を利用して装備を発掘し、状態の確認と改めて何を持つかを確認した。カラビナはいろいろと便利に使えるから4個くらい持っていこう。ロックゲートカラビナの予備は下降器を落としたときの予備に使えるから一つ持ってこう。懸垂下降の支点は樹木で十分だからスリングは何かの時用に2本でいいだろう。と、ままごとしながらも、実際に必要なものはピッケルと、最後のロープの吊り上げに必要なロープだけ(懸垂下降は不要)と思っていた。
今回は明るい谷を歩くのが目的。スタートは明るくなってからで十分だ。起床は3時だったが出発は5時半。それまではもうひとつの山のお勉強だった。
西金到着は6時過ぎ。日の出前の紫色の山のシルエットがいい。
こつこつと歩く。いつものように奥久慈岩稜に興奮するが来るべき恐怖を思うと景色のほうにあまり集中できない。それでもいい景色はいい。いつもの場所で盟主男体山が眼前に飛び込んでくる。どうかお手柔らかに。
■取り付きからしょっぱかった
林道から大円地山荘へ入るところの櫛が峯がいい。もう少し日が昇って朝日が差すと巨人の三兄弟の表情が現れえるのだがまだシルエットだ。ずんぐりの弟(兄か?)はまだ存在さえ捉えにくい。
その大円地山荘横で2パーティーをやり過ごした。前回は健脚・一般分岐で装備を身につけたのであるが、男体山でヘルメットだのピッケルだの出す登山者は「変な人」なので見られないように入山したかったのだ。今回は普段の格好で取り付いた。
入りは薮である。いきなりヌスビトハギや、知らない草の花が山パンツやジャケットにどっさりついた。ヌスビトハギは枯れていたから容易に落ちたがこれがもう少し早い季節であれば大騒ぎであったことだろう。
薮を通過して、巨岩帯をよじる前にヘルメットとハーネスを装着、ピッケルをケースから出して手に持った。
尤も薮こぎは本格的なものではなく、微妙に踏み跡が付いていた。むしろしょっぱかったのは薮を過ぎてからの巨岩帯だった。水が随所に流れていた。先の水曜日にまとまった雨が降ったからその影響だろうか。3年前は枯れ沢だったから適当によじればよかったのだが、今回は濡れた岩を極力避けねばならず、一段とルートファインディングにてこずった。自分の過去の記録を読み返すとここの部分の記載はさらっとしていてほとんどの苦労は上部だったように書かれている。いや実際本当に怖いのはこの先なのだが、杉林の巨岩帯もかなりしょっぱかった。
データを見ると、一般道からそれたのが7時半で、巨岩帯の通過は8時10分だから時間的にはたった40分しか登っていない。距離的には地形図で比較すると健脚コース的にはまだ鎖場の場所にも到達していないし、一般コース的にも大円地越えまでの登りの半分にも満たないわけで、これっぽっちの距離に40分もかけたということはやはり巨岩帯もそれなりに難しかったということなのだろうか。いやいやここだけでも健脚コースよりよほど悪相だから当然だろう。ただ健脚コースも鎖が一本もなければかなり悪相であることは健脚コースの名誉のためにも言わねばなるまい。
しかし巨岩帯が難しかったといってもそのあとテーブルの通過に40分、第二のチョックストーンを巻くのに80分と考えると。しょっぱかったとはいえ巨岩帯はまだまだ序盤戦だったということか。
今回手袋に防寒テムレスを使ってみた。前回は一年でもっとも寒い時期にタフレッドにピッケルで、指先の感覚がなくなって凍傷の危険さえ感じられた。今回はその反省だ。確かに暖かい。暖かかったが岩をよじるのにはテムレスは少しゆったりしすぎているようで、そのことが巨岩帯を少し難しくしたのかもしれない。薮こぎの際に内側の起毛部分に草の実がどっさり張り付いてしまったことにも閉口した。
バリエーションルートといっても人跡未踏ではない。人工物もあったし、石垣もあった。古い薬きょうも落ちていた。ここで猟銃撃つのは打つほうも大変だよなと思いながら高度を稼いでいった。
■テーブルはくぐれた
巨岩帯の通過を苦戦しているうちに目の前に突然真っ暗な岩のテーブルが現れた。テーブルと筆者が呼んでいる第一のチョックストーンだ。前回やったときはかなり遠くからその存在を確認していたのだが、この感覚の違いは何だったのだろう。前回は雪の中だったから景色のメリハリが違ったのかもしれない。あるいは今回は巨岩帯の難度が上がっていて、通過に神経をとがらせていて谷の奥を見る余裕がなかったということだろうか。
巨岩帯を流れる水に不安を感じていたが、心配したとおりテーブルからさらさらと水が流れていた。そもそもテーブルをくぐれるのだろうか?
テーブルをどう通過するか。それ今回の山行における最大かつ唯一の課題だと思っていた。2019年の台風でかなりの土砂の流れがあったはず。人一人がやっと這って通れるようなスペースは簡単に土砂で埋もれてしまうだろう。そうなっていた場合、テーブルの通過はほとんど不可能で、撤退の可能性さえある。
しかも今回は谷を水がさらさらと流れている。ということはこの水はテーブルの中を通過してくることはほぼ確実だ。さらさらと流れている川の上を這って進まなければならないかもしれないのだ。できれば避けたい。
左側(右岸)が悪いのは前回調査済み。一方遠くからテーブルを観察すると、右側(左岸)に登れそうな急斜面がある。まずそっちをやってみた。いきなりテーブルが眼下になる。そしてかなり悪い。ここで滑落したらきっと死ぬだろうな。高巻きルートは不気味に高度を上げて岩の回廊へといざなっている。眼前の回廊を乗り越えて本来の谷に戻れるのだろうか?いってみたはいいがその先で崖に阻まれるというのは今までに何度も経験している。危険を冒して本来のルートから離れてしまうのはあまり意味がない。ここで高度を稼ぐのはやめてテーブル下を先に調べてみることにした。沢水の中を這って進むとしても、危険がなければ泥んこになるだけ。怪我はしないではないか。
テーブルに接近すると反対側から光が見える。やった!とりあえず現時点では埋もれてはいない。通過できる望みが出てきた。ザックを置き、ヘッドランプをつけてテーブルの中にもぐりこむと、大変にありがたいことに通過するルートと、水の流れとははっきり分かれていた。どちらかというと川の水は谷の左側(右岸)から流れ落ちて右岸沿いを伝っているようだ。通過ルートはど真ん中。案外乾いていて安定している様子。大地震や台風でない限りこの中でビバークもできるかもしれない。
通過自体はしょっぱそうだ。倒木がルートを塞いでいるように見える。しかし接近すると倒木をうまくかわすようにして前進することができる。これならいけるだろう。ザックを取りに戻り。穴にもぐりこんだ。ザックを抱くようにして前進し、一番狭いところを先にザックを通してから空身で通過した。3年前と同じやり方で無事に通過することができた。テーブルの上に立って控えめな紅葉を楽しみ、今回の最大の危機は乗り越えたと思っていた。とんでもない間違えだった。
■第二のチョックストーン。恐ろしい高巻き
ここからは岩っぽい要素が一層強くなる。枯葉に覆われた土付きの急斜面は雪渓同然。シューズをハイキングシューズからつま先の固いアプローチシューズ(ファイブテン、ガイトテニー)に履き換え、ハーネスも身につけた。
岩壁を這う流れがテーブル脇に注いでいるのが見える。見上げるとイロハモミジが美しい。前方を見るとすぐに2個目のチョックストーンが口を開けていた。チョックストーンの下にもうひとつテーブルがあって、そこを攀じなければチョックストーンの口にはもぐりこめないのだが、テーブルには挑まない。ここは高巻きのルートが一番易しいことは調査済みだった。二個ある岩棚の、潅木が生えている高い方を使って、チョックストーンを見下ろすような形で通過してしまえば、その裏側に出ると単純に考えていた。
しかし、易しいといってもあくまで程度問題。てつもなくしょっぱかった。まず岩棚に乗るまでの斜度が結構ある。目の前に岩が見えるような感覚だ。そして岩は枯葉に覆われている。ピッケルで払いながらホールドを探していく。足が完全に置けるホールドはなかなかない。登ってみて行き詰る。爪先立ちで先のルートを探るので足首に疲れがたまってくる。あまり粘るとホールドがかけたり磨耗したり、あるいは筋肉疲労で立ち込めなくなって滑落するので、いったん楽に立てるところまで戻らなければならない。ところがピッケルで枯葉を落としながら進んでいくので下りるべきホールドが枯葉で埋もれている。枯葉掃除をしながら登ったり降りたりしてようやく岩棚にたどり着いた。
さらに岩棚に乗ってからも緊張感は続いた。靴の幅程度の岩棚を枯葉が完全に覆っている。以前通過したとはいえ、こんなしょっぱいところを歩いたのかと思うほどのしょっぱいトラバース。まず潅木までは進むことができた。根方は良い安全地帯だ。しかしその先は岩がせり出して、しかもハンドホールドが取れない。若干だが岩壁によって身体が崖下に押し出してくるような格好になる。それでも通過に手を使うことができず足頼みになる。確実に歩けるフットホールドを探しつつ、安全圏まで進む方法を探る。通過は一瞬だったが計画に多くの時間を割いた。
■明るく開けた紅葉谷を詰める
やっとのことで第二のチョックストーンをかわすと、眼前には前回三山挑んで撤退した絶望的なスラブが現れた。つるつるな岩を水がさらさら流れていたがここはもう手をつけない。すぐに左手の岩棚を高巻く。ここも狭く、やぶがちなのだが、薮であることが逆に体制を安定させてくれるので、足元の狭さを実際ほどは感じない。薮を通過して、懐かしいツルが現れた。前回はあれを抱くようにしながら垂直に近い崖(写真を見ていると改めて斜度の高さに驚いた)をよじたのだが、岩棚をさらに詰めた。崖を巻いて裏側に回ったら、ぶなの木ルンゼの下部に広い谷が開けているのではないかとの目論見であった。果たしてトラバースの先に10mほどの少し開けた小ピーク。あそこまでいければ谷の様子がわかる。
小ピークに乗ると男体山山頂を望めた。三角点側か。祠は見えない。健脚コース下部だろうか。展望台岩あたりの緩やかなピークが見える。しかし祠のピークや、展望台岩、座禅岩、座禅小僧は見えない。登山中はこのように考えていたのだが、登山後に振り返ってみると、山頂だと思った岩塔こそが座禅岩だった可能性がある。
谷はというと、谷幅は予想していたよりも小さかったが、期待通りに明るい谷が上部まで続いていた。ここも水が流れていた。そしてテープマーク。正規(?)ルートは今回巻いたルートかもしれない。つるを頼って尾根まで攀じても、そのあと薮こぎが待ち構えているが、今回のルートは岩はあるが薮はない。楽しい。
水音がするうちに沢の水をお土産にくんで帰ろうと、1Lペットボトル2本を満たした。
日差しが明るい、紅葉も黄葉も美しい。期待通りに楽しく明るい谷を詰めていった。去年通りならあとは一等最後に空身で岩溝を攀じてザックを吊り上げれば終了だ。1時ごろに一般コースに出るだろうと明るい気持ちだった。
■予想外のチョックストーン
ところがあと少しでブナの木ルンゼだというところで、目の前に見覚えのないチョックストーンが立ちはだかった。もぐりこむと中は真っ暗だ。匍匐前進は不可能だ。右側(左岸)は急な壁になっていて巻くのはリスクが高い。左側(右岸)にはチョックストーンの真上にかかった倒木があるが、根を張っているわけではない朽木を頼って登はんするのは気持ちが悪い。遠回りにはなるが左側の緩斜面から巻いていこう。
ところが斜度はどんどん上がり、ピッケルの利いた土斜面から70度ほどの岩がちな急斜面に変わっていった。例によってピッケルで落ち葉を払い、ホールドを探る。土付きのいやな予感のするホールドが現れる。でも現れてくれたならまだいいほうで、素人にはおぼつかないでっぱりしかない場合もある。そして第二のチョックストーンのときと同様、払った落ち葉が通過したルートを隠し、撤退を難しくした。
それでもあと1mほどでケヤキの根元に届くというところまで来たのだが、そこからの数手がおぼつかない。しくじると10mくらい滑落して下手すれば即死だし、即死しなくてもじわじわ死ぬだろう。絶対にしくじらないルートを探したい。しかし見つからない。足首と爪先に限界が来て、一端楽に立てるところまで降りる。少し下に降りると、こんなのわけないだろうと思う。そして再度登はんしてルートファインディング。見つからない。降りる。結局ケヤキの根元を目指すことは諦め、気持ちの悪いスラブを第二のチョックストーンの高巻きと同じ要領でトラバースすることにした。
最初にケヤキを目指そうとしたのはそちらが安全に見えたからだ。トラバースだってかなり気持ちが悪い。歩き始めて行き詰ると戻りが難しそうだ。距離にしたら10mほどなのだが。靴底の摩擦に命を託して通過するしかないだろう。やばい中でも安全そうな場所を見繕う。頭の中で歩く順序を考えた。ケヤキの根を根ざすときに比べると、何とか通過できそうだ。足の置き方を決めてから、慎重に、速やかに、怖気づかずに通過した。大きくため息をついた。谷はまだずいぶん下なのだ。だが土付きだ。ホールドはないがピッケルとつま先のけり込みが聞くから安定して下りられるだろう。
何とか谷底に戻ってきた。ゴールはまだ見えない。谷底はかなり腐葉土がたまっていた。水は流れ続けていた。前回はここはほとんど乾いて歩きやすかったのだが。この水は一体どこが水源なのだろうか。そう思いながらちょろちょろ流れる沢の水を手のひらでかき集めるようにしてなめた。腐葉土の匂いもなくおいしい水だった。谷は明るい。最期の登はんを目指す前に、ロープを出し、一端をハーネスに、他端をザックに結わいて、再度ザックにロープを突っ込んだ。スペースがあるうちに準備してしまおうという考えだったがそこまでしなくても登はん前にやっても良かったかもしれない。
やがて青空をバックに岩溝が見えてきた。なじみのある倒木が視界に捉えられる。ゴールの印だ。
■岩溝
前回はここで岩溝をよじることがなかなかできずに試行錯誤したのだが、今回は空身で登ると決めていたのでほとんど機械的に進めることができた。予想外だったのは谷底を水が流れていたこと。ザックの置き場所を良く選ばなければならなかった。斜度もあるからうかつなところに置くと転げ落ちてしまい、回収が面倒くさくなし、不必要に泥だらけにしてしまう。登はん中に動かないような、途中で引っかからないようなそこそこ開けた場所を選んでザックを横たえ、ピッケルだけもって登はんにかかった。
肩幅くらいの岩溝だから、身体を突っ張れば容易に高さを稼げるが、終盤に至りだんだんと岩溝の幅が広がり、突っ張り作戦が難しくなる。しかし難しくなり始めたところでちょうど目の前に笹薮が見えてくる。そこにピッケルを打ち込んで身体を引き寄せれば関門突破のはずだった。ところが、ピッケルが利かない。前回よりも岩溝上部の幅が広がっていて、高さを十分に稼げていなかったのだろう。また柔らかい枯葉の層が厚くて、本当ならば笹の根の張った安定した地面にピッケルを打ち込めるところが、枯葉層までしか届かないのだろう。打ち込んでも引き寄せると頼りなくピッケルが引き寄せられる。これでは最後の一手で身体を引き寄せるほどの安定感はない。岩が濡れていたことも予想外だった。どうやら水源はこの笹薮、ブナ林、ケヤキ林だったのだ。突っ張っている足が濡れた岩で滑り落ちそうになる。お尻が冷たい。突っ張っている背中側の岩も、今まで気にしていなかったが水が流れているのだろう。だがお尻の濡れ気にはしない。もともとは沢の中を這う覚悟で登ってきたのだ。問題は最後の一手をどのようにして安全に確保するかだ。そうか。自分の背中側にも土付きはあるではないか。身体をひねって背中側にピッケルを打ち込んでみる。今度は一発でしっかり決まった。そのピッケルに体重を預けて笹薮の中に這い出した。とりあえず最大の危機は脱した。
■回収、そして山頂へ
次はザックの回収だ。今にも崩れそうな土付き斜面なので、がけっぷちまで身を乗り出してザックを引っ張るのは危険度が高い。近くのケヤキの幹にスリングを巻いてセルフビレイし、ザックの回収に取り掛かった。しかしスリングが短くて崖に寄ることができない。まっすぐにザックを吊り上げることができないから岩に引っかかってうまく上がってこない。結局ザックの吊り上げに使っているロープの中途を使ってビレイを取り直した。これなら谷に寄ることができる。今度は引き上げることができるだろう。
一般コースを家族登山のおとうさんが降りてきた。「何してるんですか?」「この谷を上がってきたんです。今そこにあるザックを回収しているところです。あそこに見えるでしょう?」驚かせてしまって申し訳ない。幸い目撃されたのはこの1パーティーだけだった。紅葉のピークを避けたのは目撃を最小にしたかったからでもある。
今度はザックが顔を出してきた。一安心だ。ビレイを解除して頂上稜線の登山道に這い出した。これでとりあえず死なないだろう。ヘルメット、ハーネスをザックにしまい、ピッケルの泥を落としてホルダにしまい、ハイキングモードに戻った。一般コースを使って山頂を目指そう。
ぼろぼろになって頂上を目指した前回ほどではないが、一般コースを歩いて改めて体を酷使したことを確認した。特に足首ががくがくだ。良くがんばってくれた。ゆっくり行こう。快適な頂上稜線から奥久慈岩稜を眺め、頂上稜線の針山になった広葉樹林を楽しみ、おなじみの山頂にやってきた。頭の手ぬぐいと手袋をはずして、祠に手を合わせ、無事の登頂を感謝するとともに、下山も怪我なく下りられるよう祈った。
■健脚コースとイロハモミジの祝福
下山は恒例により健脚コースだ。ぶなの木ルンゼのおさらいとばかりに岩をなめるようにしながらクライムダウンしていく。健脚コースも、もし岩だけ使って(鎖も木も使わずに)降りようとすると絶望的に難しい。自分はまだ岩だけ使って降りたことはない。登りでも岩だけを使って登ることはかなり難しいのではないか。最近は人気が出てきて岩もずいぶんと磨かれていて、その点も難度を上げている。さすがに疲れて展望台岩はサボって下山した。
鎖場の終盤、真っ赤な谷が目に入る。まだイロハモミジの具合はよかった。前回の湯沢源流ではここまで来てもみじを楽しむつもりだった。もみじの谷に腰掛けて行動食を食べてぼんやりするのがいい。しかしすでに日没間近で谷にはうす闇が降りてきていた。赤、黄色の天蓋に何度も立ち止まりながらも下山を急いだ。
滝倉分岐でアプローチシューズからハイキングシューズに履き替えた。歩くには足爪が痛いことがわかった。もともとよじることを意識して買った靴だからやむをえないだろう。歩きやすい靴に履き替えて、杉林を疲れた足をなだめながらのろのろと歩くと、気がつけば最後の緑のトンネルにたどり着いていた。一周したのだ。大円地山荘前で夕日に染まる男体山に再度手を合わせ、無事の下山を感謝した。
■下山
下山途中。車を停めていた素敵な女性にあいさつしたら、下まで車に乗せて頂いてしまった。男体山に良くいらっしゃるらしい。弘法堂やつつじヶ丘の見晴らしが素晴しいことなどを話すうちに交差点近くに到着し、もう一仕事残っていたのでそこで降ろして頂いた。ありがとうございました。
最後の一仕事。リンゴ園への買出しだ。今日は明るい時刻に到着するかと思ったが、結局閉店間際、店じまい中に何とか滑り込むことができた。りんご畑の収穫はもう終わっていて、季節の移り変わりを感じる。
ひと歩きして西金駅に到着。ここで水のペットボトルが一本ないことに気がついた。どうやら滝倉分岐で給水したときに置き忘れてしまったようだ。水がずいぶん残っているから飛ばされないだろう。次回回収できればいいが。
■エピローグ
最初から最後まで前回と比べてしまうが。今回も筋肉痛の攻撃を受けた。今回も登山中に良く耐えてくれた身体に感謝したい。今回は第3のチョックストーンを除けばルートファインディングを要しない、いわばほとんど正解がわかっている登山だったので身体は楽だった。それでも翌日手作業をすれば指先がひりひりするし、服を着替えると手首と腕の付け根と肩が筋肉痛だ。歩けば足指、足首、太ももの付け根がひりひりする。笑ってしまったのは、下山後ワイングラスを持った指がつってしまったことだった。
翌日、怠け癖をつけないように夜走ろうとしたらがたがただった。体作りのために走るのに身体を損ねたら意味ないじゃんということで、走ることはやめて歩いた。それでもがたがたの感じは否めない。ふくらはぎも筋肉痛だ。半日爪先立ちしていたようなものだから無理もないか。懸垂にかかわる手指からひじに欠けての筋肉の張りが他に比べれば軽度だったのは斜め懸垂の影響だな。
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