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2014年09月27日 21:54お山の感想全体に公開

土に還る山荘(後篇)

(前篇)
http://www.yamareco.com/modules/diary/19423-detail-81054
(中編)
http://www.yamareco.com/modules/diary/19423-detail-81106

この日の長い行程が終わり、静かに陽が暮れようとしていた。
ぼくは慌ただしく16時のラジオ放送を聴いて天気図を取った後、
そのまましばらくラジオ中継を聴いていたのだけれど、
この空間に相応しくないような気がして、スイッチを切り、窓の外を見た。
甲武信ヶ岳の向こうに陽が沈んでいく様子が見える。

やがて、静寂という音があるかのような、静かな夜がやってきた。
もちろん、人間は誰ひとりとしていない。
時々、静寂を引き裂くように、甲高いニホンジカの鳴き声が周囲に響く。
そう言えば、笠取山からの道中で、幾度もニホンジカを見かけた。
ここは人間の住処ではないのだ。

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加藤氏が雁峠山荘にいた当時、彼は週末ごとに羽生の自宅から何時間もかけ、
塩山一ノ瀬高原の作場平、あるいは三富の広瀬湖まで車を走らせ、
其処から3〜4kmほどの登山道を登って、雁峠山荘へと通っていた。

今も昔も、この奥秩父主脈の最奥部は、紅葉の時期などを除き、人はまばらだ。
特に、冬期はほとんど誰も来ない。
けれど、宿泊予約が入れば、加藤氏は何を差し置いても山に入り、人を待つ。
天候が崩れ、どう考えてもキャンセルだろうと思いながらも、
もし予約客がお山に入って、雪の中ここに向かっていたとすれば、
ちゃんと迎え入れてやらなければいけない、と山荘内を掃除し、
壊れた箇所を補修し、豆炭の炬燵を炊いて、来るはずのない客を待った。

そして、蝋燭の榾火を見ながら、ひと晩を過ごすのだ。

彼が何故そのような道を選んだのかは、著書に掲載されている。
掻い摘んで言えば、若かりし彼が抱いていた幾つかの、
そして叶わなかった多くの夢の中で、
最後に残った一つが、山小屋の管理をしたい、
「自然と人間を信じた山小屋」を創りたい、というものだった。

50歳を過ぎて、その夢は叶ったのだけれど、
最後は政争に翻弄される形で小屋を去った。
彼にとって「自然と人間を信じた山小屋」を創るという夢は、
人間という生き物の俗的な低劣さによって引き裂かれてしまった。

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それから18年半も経ったこの日、
ぼくは、かつて加藤氏がひとり静かに夜を過ごした部屋で夜を過ごす。

夕食を食べ終わると、ぼくはヘッドライトの明かりを消し、
マットの上に寝転がり、視えない天井をぼんやりと見ていた。
それに飽きると、またヘッドライトの明かりを点け、
暗くなる前に部屋の片隅に見つけた本を開いた。
本は比較的新しく、表紙をめくると加藤氏のサインが入っていた。
加藤氏にゆかりのある人か、あるいは加藤氏本人が置いていったのか。

その本は、加藤氏が雁峠山荘を去ってから数年後の、
公務員を定年退職する前後の記録を綴っている。
あくまで奥秩父のお山を愛する公務員であった加藤氏が、
雁峠山荘の小屋番を通じて様々な仲間と交誼を深め、
還暦を迎えた記念山行で、初めて海外のお山へ出かけた。

訪れたヒマラヤのランタン谷で見かけた葬列の様子を見て、
彼は生と死の世界はそれほどかけ離れていないと感じる。
ぼくはそのくだりに大いに共感した。

これまで、お山で3度危機的状況に陥り、3度とも生きて還ってきたのだけれど、
省みると、生と死の境目は髪の毛一本くらいの差しかなかった。
ベクトルが少し変われば、ぼくは既に死の世界にいたと思う。

しかし、髪の毛一本のすれ違いでこうして生き続け、こうしてお山を続け、
こうして加藤氏の本と出会った。

本を読み終わり、元の位置に戻してからしばらくの間、
静かな興奮のようなものに包まれ、なかなか眠りに就けなかった。
この日以外は遅くとも20時には寝入っていたけれど、
文字が頭の中で動き、語りかけていたためか不思議と目が冴え、
最後に時計を見たときには22時近くを示していた。

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いつの間にか、ぼくは眠っていた。
目を開けると、窓の向こうがぼんやりと白くなっている様子が見えた。
時計を見ると、5時30分を示している。

普通なら完全な寝坊だが、この日は全行程で最も短い距離、
コースタイムだったので、 幸いにも特に問題はなかった。
前夜の余韻をじっくりと味わいながら朝飯を食べ、荷を片付け、
壁に立て掛けてある箒で茣蓙敷きの床を掃き、7時前に小屋の外に出た。

雁峠は真っ白な霧に覆われ、50m先もろくに見えなかった。
人間はおろか、前夜は散々喚いていたシカの気配もない。
この霧によって生と生の間は大きく隔てられ、
むしろ、生と死のほうがよほど近いのではないかと感じた。

白い雁峠の草原を見ながら、冬の美しさと静かさを想像した。
加藤氏は、冬の美しさや静かさがもたらす何かを、
小屋番をすることで得たかったのかもしれない。

ぼくは、冬に再訪することを心に決めた。
そしてレインウェアを着込んでザックを担ぎ、
霧の中を更に西へ西へと進み始めた。

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雁峠山荘には、幽霊などいなかった。
加藤氏が建て直した当時の面影を残すものはごく僅かで、
ほとんどのものは持ち出され、あるいは放置され、
ただ打ち棄てられたままの状態でひっそり眠りに就いているだけだった。
だけど、加藤氏が去ってから6年も後に刊行された本が
比較的良い状態で置かれていたということは、
ぼく以外にもここに想いを抱いてやってきた人間がいた、と解釈している。

これからも誰にも管理されることもなく、
やがては崩れて死にゆき、土に還るだろう。

しかし、そこにある想いは、生き続ける。

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加藤氏の著書には、加藤氏の直筆サインがあった。
曰く。

 山有り友有りて
 我人生幸いなり

※参考文献
「雁峠だより」
「山ありて幸い」
「奥秩父からランタン谷へ」
加藤司郎著 白山書房刊行
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コメント

RE: 土に還る山荘(後篇)
とても興味の湧いてくる場所ですね。
いい話ありがとうございました。
2014/9/28 2:46
>500yenさん
こちらこそ、再度のコメントを頂戴し、
どうもありがとうございます。

写真の様子から、「出そう・・・」
とか言っている友だちもいますし、
実際に相当に古くて汚く、埃っぽい場所なので、
この手の場所に対して
免疫がないと厳しいかもしれませんが、
ぼくとしては初めから
ある程度のことを事前に調べていたので、
色々な物思いに浸るひと晩となりました。

また冬に訪れたらば、別のことを感じ、
考えるのかもしれません。
その時のことを考えると、楽しみでもあります。
さすがに泊まりはしませんが。
(笠取の冬期小屋に泊まるでしょう)
2014/9/28 20:19
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