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軽自動車がやっと通れるような道幅のぬかるんだ坂道が続く林道は、LSDを装備した4駆のタイヤを空回りさせ、道の脇に生える草木は容赦なく車の両サイドを擦り、ギギーッと嫌な音を発している。
東成瀬村を通る国道342号線天江地区の入り口から林道に入り、2km程車を走らせると、そこには小さな駐車場が存在し、駐車場から奥へと続く細い山道の入り口には、朽ち果てた看板が横たわっている。
朝の5時を少し過ぎたばかりの駐車場は、静まり返っており、時折鳥のさえずりが聞こえる程度で、他に生き物の気配は感じられない。
前日には雨が降ったらしく、少しぬかるんだ駐車場にて装備を整え、早速足場の悪い山道を、先ずは上東山山頂を目指し進むが、生憎霧が濃く周囲の山々の景色は全く見えず、代わり映えしない視界の中を黙々と歩き続けると、やがて上東山山頂直下へとたどり着く。
霧の合間に目を凝らすと、上東山山頂へと続く山道がうっすらとした山の陰影と共に浮かび上がるが、勾配のキツい斜面をほぼ直登するような潔い山道のつけ方に暫し唖然とする。
少しの休憩の後に下東山からの復路での登り返しにやや不安を覚えつつ目の前の急勾配に取り付き、途中のザレ場を過ぎ、更に草地を登り詰めると、山道の終着点である上東山山頂に到着するが、雲海に浮かぶ離れ小島のごとく相変わらず周囲の霧は濃く、下東山が存在する筈の方向も真っ白で全く地形を確認できない。
予想はしていたが、少しガッカリしつつコンパスを進むべきコルに合わせ、先の見えない北東側斜面の藪を掻き分けながら徐々に降下して行くが、心配していた勾配はどんどんキツくなると共に、雨で濡れた笹藪は非常に滑りやすく、いよいよ体を後ろ向きにし、笹に掴まりながらの降下となる。
そして霧により底が見えない谷底へと更に降下するとコルに到着するが、この辺りから笹の太さは人差し指かそれ以上の太さとなり、藪の高さも2メートル程となる。
手で掻き分ける笹は、来る者を拒むかのように複雑に絡み合ってこちらに向かって倒れており、歩行は困難を極める。
ややキツイ斜面を、掻き分けては一歩踏み出し、また掻き分けては一歩踏み出す…視界が効かず体力の消耗が激しい藪こぎは延々と続き、やがて笹の太さがやや細くなり、行く手の傾斜も緩くなった頃、いよいよ三角点の標石が存在する下東山山頂に到着するが、相変わらず周囲は真っ白で、景色は全く確認できない。
せっかくなので、ガスが抜けるのを期待しつつ藪の中の山頂にて一人昼食をとりながら暫く休憩していると、運良く霧が薄くなり、太陽の日差しが降り注ぐ周囲の山々が目の前に姿を現した。
秋田と岩手の県境の山奥深く、ウグイスやカッコウの長閑な鳴き声が間近に聴こえる下東山山頂にて、苦労の末に手に入れた深い緑に覆われた美しい山々の景色を眺めながらの昼食は、思いがけない贅沢な一時となり、登山人生における一齣として心に刻まれる事となった。
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