車のライトの明かりを頼りに、真っ暗な林道を凸凹道に揺られながら走り続けると、藪を刈り払っただけの車が二台停められる広さしかない駐車場が現れ、そこに車を停め、暫く仮眠をとりながら夜が明けるのを待つ。
暫くすると夜が明け始め、更に少しすると辺りは秋の山特有の色彩豊かな景色に包まれた。
05:57 早速登山装備に身を固め、白神山地にある太夫峰山頂へと続く自然観察歩道に足を踏み入れる。
歩道への入り口には、比較的新しい案内板が設置されており、2時間半程で山頂に到着する事が記されている。
余り眺望が優れないが、色とりどりの落ち葉が敷き詰められたフカフカの絨毯の上を、美しく紅葉した森の景色を楽しみながら、急登が多い歩道を息を切らせながら進むと、やがて太夫峰山頂に到着した。
山頂からは、北東側には雲の上にポッカリと黒いシルエットを浮かばせる岩木山、南側には紅葉で彩られた向白神岳の連なりがハッキリと見える。
美しい景色を眺めながら一息ついた後、南側へと続く旧登山道を塞ぐ猛烈な藪に足を踏み入れ、先ずは目の前の直角峰を目指す。
人差し指より太い根曲がり竹を掻き分け、地を這うような太い枝を四方八方に延ばした灌木を乗り越えつつ直角峰に到着するが、度が過ぎる密藪の状況に、既に気力の半分を奪われる。
果たしてこれからまだ2km以上続くこの密藪を踏破出来るのだろうか…。
頭のなかには不安が込み上げるてくるが、取り敢えずはまだ時間も早く、次のピークの吉ヶ峰まで行ってから又判断しようと考え、更に西へと密藪を進むが、相変わらず太い根曲がり竹と灌木により、到着する頃には既に気力は失われ、更に目の前に見えるこれから進むべき向白神岳へと続く稜線には、幾つものピークが確認でき、この先もこの密藪の中を幾つものピークを越えつつ歩き続ける事は勿論だが、果たして復路までの体力を温存できるのか不安が深まる。
少しの間吉ヶ峰のピークにて一人考えるが、時間が過ぎて行くだけで、答えは見つからない。
予報では、今夜からは風が強まり、風速は20m/s程度と予想され、明日の夕方からは雨が予想されており、ここでの時間のロスは、今後の登山行程に大きく影響を及ぼし、秋も深まるこの時季に強い風が吹き荒れる稜線上で雨に打たれれば、低体温症へと繋がる危険性もある。
しかし、前日までに悪天も含めた登山計画と食料や装備を周到に準備した事をふと思い出して気を取り直し、先ずは稜線上を最初の谷へと降下する事とした。
人の背丈以上の根曲がり竹を押し退けつつ、太い灌木の枝を時には乗り越え、また時にはくぐり抜けながら、長く急な斜面を下り続け、谷間に到着すると、今度は登りが続く。
人の手が入らない白神山地は、想像を絶する密藪であり、狭い稜線上に次から次へと現れる四方八方に太い枝を延ばした灌木を避ける為に稜線を外すと、根曲がり竹が倒れている流れ方向に対して直角にぶつかる事となり、とても押し退けては行けない為、仕方なく稜線上を外さないように進むが、進む程に藪の濃さは増し、殆どまともに歩行する事ができず、次から次へと現れては行く手を塞ぐ太い灌木の枝の上をバランスをとりながら伝いつつ、時にはくぐり抜け、時にはほふく前進まで強いられる。
エスケープルートが存在せず、引き返し地点も通り過ぎた今では、計画通りに行程を進めるしかなく、前へ前へと前進する。
既に両手首は傷だらけで血が滲み、密藪は容赦なく顔を叩き、ヘルメットの隙間やエア抜きからも突き刺してくる。
更に着用しているウエアを切り裂き、今回新調したばかりの長靴は、既に穴が開き、ボロボロになっている…。
これ程の酷い藪は過去に経験が無いが、非常に困難な代わり映えしない状況は、延々と続く。
やや暫く進むと岩場が現れ、行く手が崖となった為、仕方なく四肢を使い近くの岩場をよじ登ると、そこには脆く崩れやすいキレット状の尾根が続いており、更にその先の行く手には灌木が張り付いた切り立った崖が見えるが、どうやら見渡す限りここを避けて通るルートは無いようであり、意図せずに疲れた体に緊張を強いられつつ、足を踏み外せば間違いなく重大な結果を招くキレット状の尾根を慎重に進み、更にその先の岩場の斜面を四肢を使いつつバランスをとりながらよじ登る。
復路では、強風を受けながらの綱渡りになるであろうことに一抹の不安を感じつつその場を後にすると、またもや先の見えない猛烈な藪こぎが始まる。
疲労を重ねつつ暫く密藪を進み、行く手を確認する為に灌木の枝に登ると…向白神岳の山頂が数百メートル先に見える。
気がつけば、殆ど休憩らしい休憩もせずに進み続け、やっと見えた向白神岳山頂を目の前に感動と喜びが込み上げ、疲労した体に力が湧いてくる。
あと少し頑張れば…。
更に前進を続けるが、相変わらず根曲がり竹と行く手を塞ぐ灌木の枝に邪魔され、なかなか距離は縮まらず、暫くして漸く山頂への最後の斜面へと辿り着き、その斜面を一気に登り詰め、14:06 山頂へと到達した。
思わず両手を空にかざし、歓声をあげる。
三角点を示す標石以外に人の痕跡が全く感じられない視界が開けた山頂からは、紅葉で彩られた美しい白神山地の山々を一望でき、山奥深い世界自然遺産の核心部に辿り着いた事を実感できる。
非常に困難な山行を強いられつつ白神山地の神が宿るであろう頂きに辿り着いた感動はひとしおであり、恐らく無雪期には二度と来ないこの場所から見える景色をしっかりと目に焼き付け、刻一刻と時間が迫る状況に後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。
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