鳥海山の外輪山の一部として御浜小屋から見えるその雄姿は美しく、北へと続くあの稜線の先にある山頂から自分だけの景色を眺めてみたい…そんな思いを遂に実現させる時がやってきた。
9月14日5時、ザイルや登攀具で重量を増した20kg程のザックを背負い、夜が明けたばかりの山道を象潟口よりゆっくりと歩き出す。
少し先には先行者が一人いるだけで、辺りは静けさを保っている。
暫く歩みを進めると、左手の草原の先に朝日を浴びて東面を金色に輝かせる稲倉岳が姿を現し、少しして御浜小屋に到着した。
小屋の先にある視界が開けた高台より、眼下に広がる広大な湿原を眺めながら持参した地図を眺めると、破線の旧登山道と共に稜線上にはジャンダルムや蟻の戸渡などと東北の山々には馴染みの無い冒険心をくすぐる言葉が並んでいる。
ワクワクする気持ちを押さえつつ身支度を整え、足早に湿原の斜面を下り、春から背丈を増した猛烈な笹藪に突入する。
手で掻き分けては一歩進み、また掻き分けては一歩進み…息を切らせながら稜線上を延々と進むと、目の前にジャンダルムが姿を現した。
岩肌を剥き出しにして立ちはだかるその姿は、正にジャンダルムの名に相応しく、その見慣れない姿に感動しつつ、徐々に勾配を増す斜面を限界まで下り、立木にザイルをセットして懸垂下降を開始するが、藪により真下が全く見えない為、過度の緊張を強いられながら下降を続けると、斜面は垂直から突然オーバーハングして空中懸垂となり、持参したザイルの長さギリギリでの着地となった。
着地地点は、運悪く垂直の岩場から真横に無数に枝を伸ばした灌木の枝が密集する場所であり、枝の下には壁から剥がれ落ちた巨大な岩が無数に存在し、足場の悪い岩と岩の間は人の体がスッポリ入る程の深い溝になっており、もしも足を滑らせたら…と思うとゾッとする。
気を取り直して無数の太い枝の上を慎重に伝いながら蟻の戸渡の最下部へと進み、目の前にそびえ立つジャンダルムを直下より見上げてみると、頭上にせり出した岩壁は現在も崩落進行中のようであり、登るには非常に危険な状況と判断し、不本意ながら傾斜がキツイ側面の薮の中を灌木の枝を掴みつつ腕力を頼りに巻き上がり、ジャンダルムのピークへと到達した。
足元がスッパリと切れ落ちるその場所からは、西側にはV字型の深い渓谷が鉾立へと続いており、東側には鳥海山(新山)へと北側が切れ落ちた稜線が繋がっているのが見える。
自分は今、鉾立の展望所から見えたあの深い谷間の左側のピークに立っているのだ…。
信じがたい気持ちの中、スリル満点の景色を楽しんだ後、一路稲倉岳山頂を目指すが、灌木と笹が混じる猛烈な藪に蔦が混じり始め、体やザックに絡み付く困難な藪漕ぎが始まる。
そして薮の中を暫く進むと、大きな岩がいくつも転がる山頂手前の急な登り坂に差し掛かるが、ほとんどの岩の周りは深い溝となっており、その上にハイマツなど草木が覆い被さっている為、目測を誤り何度も踏み抜くこととなった。
心身ともに疲れはてた頃、急な登り坂を登りきると、山頂に向かって更に猛烈な笹藪が続いている。
しかし、辺りは想像を超えた360°の素晴らしい景色が広がっており、今までの困難な道のりでの苦労を労ってくれているかのようだ。
素晴らしい景色に助けられながら最後の藪の中を進み、笹が生い茂る三角点の標石が存在する山頂に12時30分到達。
近くには、標石より一段高い「ここに上がれ」と言わんばかりに存在する岩があり、正しく頂点であるその岩の展望台に上がって見える景色は…山頂を覆う笹藪の向こうには、鳥海山(新山)とその裏側から稲倉岳へと連なる濃い緑に覆われたハッキリとした稜線が見え、その稜線から鉾立へと緩やかな傾斜が続く平らな大地が目を引く。
また、日本海には白い雲が浮かび、人々の営みが感じられる下界の遥か遠くには白神山地が霞んで見える。
心地好い達成感に浸りながら、苦労の果てに手に入れた美しい景色を眺めながら、暫く岩の上に佇む。
プロローグでのお花畑といい、登頂時の岩の展望台といい、どうやら稲倉岳は、サプライズが好きな粋な山のようです。
実は、もう一つ稲倉岳からのサプライズがあったのですが、それは私と稲倉岳との二人の秘密…(*´ー`*)
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