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象潟町横岡地区から、カーナビの案内を頼りに目的の登山口を目指し、荒れた林道を暫く進むと、積雪は進む程に増し、やがて車は雪の上に乗り上げ、タイヤがスリップして走行不能となった。
車から降りてみると、目の前に見えるサラサラと水が流れる水路の先には、林道から左手に登山道らしき道が雪に埋もれて続いており、うっすらと人の足跡らしきものが奥へと続いている。
初めて来た場所なのでやや判断に迷うが、GPSで確認した感じでは、どうやら運良く目的の登山口前まで辿り着けたようだ。
時刻は17時、少しすると薄暗い登山口周辺には雪が降り始め、車中で軽く夕食を済ませた頃には、夜の闇が訪れた。
車中にて仮眠をとった後、身支度を整え、深夜1時半にスノーシューを装着し、人気の無い山道らしき道へと足を踏み入れた。
昨晩の雪は既に止んでおり、辺りは風も無く、空には雲の隙間から星が瞬き、時折月が姿を現している。
うっすらとついていたトレースは、七曲を過ぎる頃には降雪により既に無く、ヘッドライトの明かりを頼りに静まり返った道らしき場所を山の奥へ奥へと歩き続ける。
時折迷いつつも、真新しい大小様々な動物の足跡が残る真っ暗な山道を暫く歩き続けると鳥居が現れ、更にその先の沢を渡り、いよいよ山道は辺りの景色へと溶け込み、判別がつかなくなった為、地形図から僅かな尾根となっている場所に見当をつけて、その斜面にとりついた。
さて、ここからがルートファインディングの本番だ。
静まり返った深夜の山中、新雪がぬかるむ斜面をヘッドライトの明かりに照らし出される樹木や露出した岩を避けながら、斜面の上へ上へと黙々と進む。
やがて樹木が殆ど無い広々とした斜面へと辿り着き、そこにポツンと立つ一本の木があったので、そこでザックを下ろし休憩することにした。
凍りつくような寒さの中、ふと背後を振り向くと、眼下にはキラキラと輝く町並みの明かりが広がっており、既に随分と高い所まで来たことを感じさせてくれる。
少しの間休憩した後は、またザックを背負い歩き始めるが、蟻の戸渡を通過する為に今回持参したザイルやスノーバー等の登攀具、それにアイゼンやピッケルといった装備で重みを増したザックが肩にズシリとくる。
時折暗闇の中に動物が横切って行く森の中をどのくらい歩いただろうか…辺りは少し明るくなり、いつの間にか灌木もまばらになり、雪混じりの風も強まってきた頃、行く先の方角には、ピークが見える。
地形図で確認すると、どうやら期待した稲倉岳ではなく、名もないピークのようだ。
ピークへと続くやや急な斜面はトレッキングポールで探ると、新雪の下はコンクリートのような平滑で硬い氷で覆われているようで、スノーシューの食い付きが悪く、一歩進む度にズルズルと滑り落ちる為、非常に登りにくい。
雪混じりの強い横風を受けつつ代わり映えしない景色の中、稲倉岳山頂を思わせるようなピークを何度かやり過ごすと、いよいよ山頂がガスで覆われた本物(稲倉岳)らしき山肌が見える。
そして相変わらずズルズルと滑る長い斜面を疲労を重ねながら登りきると、そこには平らな山頂付近の地形が広がっていた。
半年ぶりの反対側からの登頂に嬉しくなるが、あいにく雪混じりの強い風と共に視界は数十メートルから数キロメートルを目まぐるしく繰り返している状態だ。
やや薄暗い景色に包まれた稲倉岳山頂からは、東側には次から次へと流れて行く厚い雲で覆われた鳥海山(新山)が見え、南側には既に雪解けが進み岩が露出した鳥海山(新山)へと続く稜線が見える。
稜線上には東側にせり出した雪庇に大きなクラックが入っているのが確認でき、更にジャンダルムへと続く雪庇のその先にはナイフリッジが続いているのがガスの切れ間から見え、険悪なムードが漂っている。
不安と期待が入り交じる気持ちを抱え、先ずは南側の稜線へと降下を開始するが、落ちたら助かりそうもない直径2m程の大きな雪庇の裂け目が早速迎えてくれ、この先は危険な場所である事を知らせてくれる。
折角なのでそっと中を覗き込むと、中は先が見えない程の深さとなっており、ゾッとする。
稜線上には昨夜降った新雪が積もっており、トレッキングポールで探った感じから、新雪の下には大小の深いクラックが隠されていると予想され、かなり危険な状況だ。
アイゼンにするかスノーシューにするか迷ったが、スノーシューの方が踏み抜きが少ないと思い、このまま稜線上を進むことにした。
雪庇やクラックを警戒しつつ稜線のやや西側を進むが、藪の上に積もった雪は既に浅く、スノーシューでも踏み抜きが多発する為、トレッキングポールで探りながら慎重に進むが、相変わらず雪が混じる風は強く、稜線上は綱渡りのような状態だ。
何度も足下を踏み抜きながら暫く下ると、ややガスが薄くなり、時折太陽が姿を現して鳥海山(新山)とそれに続く稜線の姿を照らし出してくれる。
素晴らしい景色につい心を奪われ、時折緊張感が途切れてしまう中、強風で体を煽られつつ稜線を進み続けると、暫くしてジャンダルムの手前に到着した。
予想はしていたが、今回は訪れる次期が少し遅かったようで、降下しようとするジャンダルム周辺の急な斜面は既に藪が露出し、その上に薄い氷と雪が張り付いている状態だ。
内部が空洞化した人の背丈程の灌木が生い茂る藪の上を、常に踏み抜きながらザイルでこの急な斜面を降下する姿を考えると…やはり無理だ。
しかもザイルの支点となる樹木やスノーバーの設置にも難がある。
この斜面を降下し、向かい側の高所に登り返す為に、わざわざ重い装備を持参したので残念だが、状況を考えた末、仕方なく今期は蟻の戸渡を渡ることを諦めることとした。
しかし、折角なのでジャンダルムのピークには行くことにしたが、ピークへと続く短い稜線は、正しくナイフリッジとなっており、恐怖心を誘う。
強風に煽られながら灌木の枝を掴みつつ慎重に進む…足下の尖った稜線上はガチガチの氷の上に新雪が積もっており、やや西側の灌木帯との境目を踏み抜きも警戒しつつ極度の緊張を強いられながら一歩、また一歩とソロリソロリと進み…と、突然右足が氷を捉えきれずにズルッと滑ったが、咄嗟に灌木の枝を掴み事なきを得た。
歩くには邪魔な灌木の枝だが、新雪が載るガチガチの氷で覆われた稜線上で体のバランスをとるには都合が良い。
そして更に四肢で体を支えつつ鋭角に尖った稜線上をゆっくりと進み、7時35分、蟻の戸渡の最低部が真下に見えるジャンダルムのピークへと到達した。
目の前には、半年前にザイルで降下した切り立った斜面が見え、西側には奈曾渓谷とその先には鉾立の建物が見える。
更に東側には厚い雲の合間から時折鳥海山(新山)が姿を現している。
思わず稲倉岳山頂に向かいガッツポーズを決める。
そして時折雪が混じる寒風に打たれながら、一人分の広さしかないジャンダルムのピークにひざまずき、半年前にここから見えた緑で覆われた風景を思いだしつつ、いま目の前に広がる美しくも対照的な真っ白な景色を眺める。
この素晴らしい景色を独り占めとは、なんと贅沢なのだろうか…。
自宅にある山のカレンダーには、稲倉岳から写した真っ白な鳥海山の姿が載っており、蟻の戸渡やジャンダルムも見える。
正に自分は今、あの美しいカレンダーの景色の中にいるのだ!!
今季は休日と天気がことごとく合わず、更に積雪も少ない為に、今回もまた心残りな結果となった。
まだまだ挑戦したい場所やルートはあるが、身体能力を特に必要とするような山行に、自分は後どれくらいチャレンジできるだろうか…。
やはり山は逃げないが、時は待ってはくれないのだ。
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