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日が変わる頃には風は更に勢いを増し、ゴーッ!ドーンッ!という音と共にツェルトを繰り返し激しく揺さぶり、時折横になっている体をひっくり返されそうになる為、その度に体を突っ張り堪えなければならない。
更に雹が混じり始めると、辺りには雷鳴が響き渡り、鋭い光が上からではなく横から差し込み、次から次へと近くを通りすぎて行く為、全く生きた心地がしない。
この時ばかりは近くにトレッキングポールやピッケルを雪に突き刺しておいた事を心底後悔し、人生において夜が明けることをこの時程待ち望んだことは、恐らく無いだろう。
強烈な風雪と雷鳴が続く中どのくらいの時間が過ぎただろうか…未明、いつの間にか嵐は収まり、弱い風がツェルトの生地を揺らしている。
恐る恐るツェルトのジッパーを上げてみると、辺りはまだ暗く霧が立ち込めている。
自分は、生き残ったのだ!
張り詰めていた緊張もほぐれ、ほとんど眠れなかった一晩を取り返すべく、もう一眠りすることとした。
暫くして少しだけツェルトの外が明るくなった5時頃に目を覚まし外に出てみると、未だ辺りは霧に包まれており、数メートル先しか見えない為、取り敢えずツェルトに戻り、霧が晴れるのを待ちつつお湯を沸かし、簡単な朝食を済ませ出発の準備を始めた。
暫くして辺りの霧は時折晴れ、南側にあるP1255の右手には山肌をオレンジ色に染める白神岳の姿が見える。
ツェルトを畳みながら、一晩中強烈な風に耐え、折れること無くツェルトを支えてくれた無雪期以来二度目の出会いとなった灌木達に感謝した。
そして身支度を終え、カチカチに凍りついたアイゼンを装着し、キーンと冷えた空気の中、早速未だ霧が立ち込めるすぐ脇の細い稜線に取り付き、バランスを崩さないように慎重に向白神岳山頂が待つ南側を目指した。
ここからP1255までは、今回の縦走路での最大の難所となった。
脆く崩れやすい岩でできた細く複雑な稜線が続くことは無雪期に既に確認済みであり、西側はオーバーハングした断崖絶壁。
東側は、複雑な地形の急斜面となっており、今はその上に鋭角に尖った積雪が稜線を形成している。
霧に覆われる中、半年前の光景を思い出しつつ慎重に一歩一歩足場を探りながら進むと、少し先に鋭く尖った垂直に近い斜面が霧の合間から見え隠れする。
先日の難所より更に造形が複雑であり、左手から朝日が差し込む中、霧の合間に見え隠れするその大自然が作り出した情景を前に、畏怖の念が沸いてくる。
やがて斜面の真下へと到着し頭上を眺めるが、ミスが許されない一発勝負を前にルートの思案をする。
高さは15メートル程あるだろうか…まだ気温が上がらない朝とは言え、見るからにフカフカで崩れ落ちそうな数十センチの深さの表層の雪の下には、支持力が高い層があるようだ。
ここを越えれば、いよいよ白神山地最高峰の向白神岳山頂が迫る。
気持ちを落ち着け、目の前にある斜面の雪に深くスピッツェを効かせ、第一歩を踏み出す。
雪に潜り込んで目では確認できないが、なかなかアイゼンの効きも良い感じだ。
一歩、また一歩とピッケルで足場を形成しながら登り続け、ふと下を眺めると、稜線の右手には数十メートル下まで断崖絶壁の景色が広がっており、万が一足を踏み外せば助かりそうもない。
暫く登るとやがて斜面が緩くなった頃P1255へと到着し辺りを見回すと、向白神岳山頂はもう手が届きそうな距離だ。
この先にはもう大きな難所は無く、少し気が緩むが、ここは誰もいない大自然の真っ只中、まだまだ気を抜く訳にはいかないと自分に言い聞かせ、先に進む。
しかし、この気の緩みがこの後起きる重大ミスへと繋がったようだ。
途中スノーシューに履き替え、緩やかな長い稜線を登りきると、8時に向白神岳山頂に到着した。
生憎周辺の山々の山頂付近にはガスが立ち込めており、目の前を薄い雲が流れて行く。
他の登山者の痕跡は無く、今辿ってきた北の方角には自分の足跡だけが続いている。
景色としては今一つだが、白神山地核心地域の真っ只中にある向白神岳との半年ぶりの再会の感動は大きく、思わず全身の力が抜け、ザックを背に倒れ込んだ。
ひんやりとした雪の感触が火照った体に心地よく、疲れた体を癒してくれる。
少しの間、再会の感動を味わった後は、白神山地最高地点を目指し更に南の方角を目指す。
東に張り出す雪庇に気を付けながら進む…と、突然左足の下に音もなく大きな亀裂が走り、咄嗟に右側に避けたと同時に行く先の畳3枚程の大きさの雪庇がズドン!という地に響くような音をたてて崖下へと落下していった。
危うく命を落としかねない程の大きなミスに、単独行者としての未熟さを改めて痛感した瞬間であった。
気を取り直してまた歩き始め、白神山地最高点に到着したが、霧が濃く視界は10メートル未満となり、全く景色は見えない。
仕方なく先に進むが、辺りは一面真っ白となり、稜線を確認出来ない程の視界の悪さとなった。
トレッキングポールで足下を探りつつ慎重に進み、一つピークを過ぎ標高が下がると共に霧も晴れ、数回の腰までの踏み抜きがあったが順調に進み、玄関岳の直下に到着した。
美しい曲線を伴って山頂へと続く雪庇の脇の急勾配を時折休憩を挟みながら登ると、やがて見晴らしの良い玄関岳山頂へと到着した。
幸いここは霧がかかっておらず、遠くの街並みもうっすらと確認できる。
そして雲の合間から青空が見える清々しいこの場所で少し休憩することとした。
ザックの中でぐちゃぐちゃに潰れたパンを頬張りながら、これから目指す西の方角を眺めると、山頂を覆う雲の合間からこの旅の最後の目的地となる白神岳山頂付近の避難小屋とトイレ棟を確認できる。
短い休憩を終え、一路白神岳山頂を目指す。
玄関岳の西側斜面を軽快に下り、小さなピークを上り下りすると、後はこの先に見える避難小屋とトイレ棟を見据え、ややキツイ斜面を登りきれば山頂へと続く稜線へと到着する筈だが、後15メートル程というところで濃い霧が立ち込め、視界から建物の陰を見失った。
少しすると霧が薄くなったので稜線上に上がり山頂を目指そうとしたところ、突然後ろから声をかけられた。
こんな霧が濃い山頂にまさか人が居るとは思わなかったので驚いたが、山頂の標柱を探しているとの事だったので、避難小屋の脇を通り、この先にある白神岳山頂へと一緒に足を運び、いよいよ最後の目的地である白神岳山頂に11時52分到着。
しかし、標柱は雪に埋まり確認出来ないので、本来ある筈の場所を知らせると、程なくしてその登山者は下山していった。
山頂に一人、辺りを見回すが一面真っ白で何も見えない。
残念だが、見るものも無いので、休憩することもなく、白神岳黒崎登山口へ下山する事とした。
暫く進むと、前日か今日の午前中のものなのか、長靴やアイゼン、ワカンや尻セードなど多数の登山者のトレースが続き、迷うこと無くどんどん下ると霧はなくなり、やがて雪は殆ど山道から消え、代わりに紫や黄色や白などの小さな花達が山道脇を飾ってくれ、まるでこの旅の成功を祝ってくれているかのようだ。
いよいよこの旅の終わりも近い。
風も無く穏やかな日差しの中、持参した全ての登山道具を詰め込んで肩に食い込むザックを背中に、ゴールへの最後の登山道を一人歩き続ける。
既に足腰はガクガクで足の裏はヒリヒリと痛み、体力もそろそろ限界が近い。
そして小さな花達が祝福してくれる山道を暫く歩き続けると、左手に登山届記帳所が現れ、15時丁度に記帳を済ませ、この小さな冒険の旅に終わりを告げた。
aoirousagiさんの日記を拝見して益々向白神岳の山頂に立ちたい気持ちが大きくなりました
こんにちは(^-^)/
日記を御覧いただきありがとうございます。
私が勤める職場の高台からは、今日も真っ白に雪化粧をした白神岳〜向白神岳の稜線がハッキリと見えます。
きっと今日も誰かが青空の下、あの稜線上を歩いているのかと思うと、本当に羨ましいですね!
いつかponta-moriさんもあの真っ白な稜線上を西から東へと渡り、白神山地最高峰の頂きに登頂なさるのですね…そう思うとなんだかワクワクしますね!
きっと登頂を目指すponta-moriさんにも白神山地の神様が手を差し伸べてくれるはず!
登頂成功を心より願っております(^-^)
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