単独行〜和賀山塊 白岩岳・残雪期

2020,04,30
泥濘が続く入角沢脇の林道を車に揺られながら暫く進むと、やがて林道は行き止まりとなり、白岩岳登山口駐車場へとたどり着いた。
一般的な長靴にナップサック。
薄手のウインドブレーカーと、手には防寒テムレスといったあり合わせのような出で立ちで身支度を整え、早速山道を示す標柱脇から入山する。
比較的緩やかな傾斜が続く静かな杉林の中は、未だ咲く花も無く、寂しげな景色が広がっている。
少し進むと手に物足りなさを感じた為、山道に落ちている木の枝を拾い、トレッキングポール代わりとした。
やや薄暗い山道は、進むほどに明るさを増し、景色は針葉樹から広葉樹へと変わり、やがて林の中には木漏れ日が差し込み、ポカポカとした陽気が感じられ始めた。
暫く進むと、標高700メートル付近より残雪が現れ、時折山道を覆う雪にスリップしつつも拾った木の枝に助けられ更に進むと、標高900メートル付近より辺り一面残雪に覆われ、間も無く山道を見失った。
トレースといえば、クマやウサギ、タヌキなどのお馴染みの山の仲間達のもののみだ。
稜線より約100メートル程南西側の斜面を高度を上げつつ暫くトラバースするが、斜面は進む程に傾斜を増し、一歩一歩足場を固めながら進むが、枯れ葉の絨毯の上に雪が積もった斜面は非常に滑りやすく、木の枝の杖と長靴では滑落の危険性が高まった為、稜線へと直登することとした。
右手のピッケル代わりの木の枝と、左手の拳を交互に雪に突き刺しつつ、両足でキックステップを刻み、三点支持で稜線を目指すが、ズルズルと滑る雪が覆う斜面は非常に登りにくく体力を消耗させる。
そして息を切らせつつ暫く急な斜面を登り続けると、白岩岳山頂へと続く稜線へとたどり着いた。
風もなく穏やかな稜線には、崩れかけた雪庇が形成されており、視界の奥に切れ落ちたその雪庇の先には、真っ白に雪化粧をした秋田駒ヶ岳と岩手山の姿が見える。
踏み抜きが多発する為、既に長靴の中は雪まみれとなり、冷たさで爪先と足の裏が痛み、トレッキングポールとワカン、ゲイターを持参しなかった事を後悔するが、目の前の美しい景色がそれらを帳消しにしてくれる。
拾った木の枝を捨て、踏み抜きを警戒しつつ周辺の木の幹や枝で体を支えながら数回のアップダウンを繰り返すと、前方の右手には木々が疎らに生える山頂らしい緩やかな盛り上がりのピークが見える。
どうやらもうすぐ山頂らしい。
と、突然の「キュイーン」という鳴き声に、稜線の下を眺めると、カモシカだろうか？じっとこちらを眺めている姿が見える。
今日始めて出会う動物に嬉しくなり、手を振ってみるが、驚かせたのか直ぐに雪の陰へと消えて行った。
気を取り直し、山頂への最後の傾斜を登り詰めると、入山から三時間程での白岩岳山頂到着となった。
足跡一つ無い視界が開けた山頂からは、田沢湖の先に森吉山、その右手には秋田駒ヶ岳、岩手山、更に羽後朝日岳、和賀岳、背後には鳥海山までもが見える。
事前の情報では、無雪期には視界が悪く眺望は望めないとのことだったので、あまり期待していなかったが、これ程の美しい景色を堪能出来る場所がこんなところにあったとは…思いがけない周辺の美しい主峰達が魅せるてんこ盛りの景色に、否応なしに感動が込み上げる。

和賀山塊の山奥深く、水色の空の下、風もなく穏やかな山頂にて、一人周辺の主峰らを眺めつつ、持参したおむすびを熱いお茶と共に口に頬張る。
五感を満たす最高に贅沢なひと時だ。