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林道脇へ車を停めて外へ出ると、早速数十匹の虫に囲まれ、チクチクと肌を刺してくる。
5時30分、手早く沢登り用の装備を整え、津梅川沿いの林道を東へと歩みを進める。
今日は、入山届け時に東北森林管理局から引き受けた一日ボランティア巡視員も兼ねての山行だが、一年を通じて登山でお世話になっている白神山地に少しでも恩返しできるかと思うとつい嬉しくなり、一泊二日分の装備を詰め込んだ20kg程あるザックを背に足取りも軽い。
暫く進むと川は二手に分かれ、道がない右手の小又沢へと入渓するが、未だ雪解け水が流れる沢の水は肌にしみる程に冷たく、沢床を埋め尽くす数十センチ程の丸い石は、ヌルヌルと滑り非常に歩きにくい。
そしてその後、沢は更に二手に分かれ左手のカンカケ沢へと入る。
進む程に石の大きさは増し、一つずつ乗り越えるのに体力を要するようになると共に、石の上にはフサフサとした緑色の苔が広がり、水の流れと共に朝日を浴びてキラキラと輝き、幻想的な光景を醸し出している。
幻想的な景色は、更に進む程に険しさを増し、行く手には次々と小滝が現れ、高巻きやヘツリを繰り返しつつ進むと、沢は枝分かれし、中継地点である鞍部へと通じる沢へと入るが、間もなくして涸れ沢となった。
人の気配が全く感じられない周辺の足下には浮石が多く非常に崩れやすい。
また、標高550メートル付近からは雪渓が現れ、沢は一気に傾斜を増した。
ヌルヌルと滑る細い涸れ沢の脇に生える草木に左手でしがみつき、右手のゴルジュハンマーを地面に突き刺しながら暫く登ると、辺りは視界がきかない笹藪へと変わり、更に笹藪の中を登り詰めると、上りと下りの沢を分ける鞍部へと到着した。
既にヌルヌルと滑る涸れ沢の登りに大分体力を消耗させられたが、今度は北東へと延びる涸れ沢を下る。
泥に覆われた傾斜がキツイ涸れ沢は、非常に滑りやすく、歩くと言うより滑り落ちるように下ると、沢は幾度となく合流し、足下は水の流れとなり水位を増してくる。
途中、復路での登り返しで足掛かりが無い数メートルの高さの段差が数ヶ所あったが、この先も何があるかわから状況から、そのつど限られた装備を残置するわけにもいかず、付近に落ちている流木などを段差の下に備え置く事とした。
更に沢幅は進む程に広がり、険しさを増してくると、今度はゴーッ!と重低音を響かせる大滝が行く手を塞いだ。
仕方なく泥の斜面を草木にしがみつきながら大きく高巻き、滝の正面へと出ると黒滝であった。
その名のとおり、新緑で飾られた黒く垂直の岩場を日光を浴びながら流れ落ちる水の姿が非常に美しい滝だ。
少しの間眺めた後は、更に目的地を目指すべく沢を下ると、次から次へと沢は集約され、一本の緩やかな流れとなり、いよいよ白滝へと通じる出合へと到着した。
ここからは、既にザーッ!という大きな流れを伴う音が聞こえてくる。
はやる気持ちを押さえつつ、ヌルヌルと滑る沢床の石に気を払いながら、少し進むと12時45分、今日の目的地である白滝の直下へと到着した。
でかいっ!!
滝直下に佇むが、余りの大きさに全く上部が見えず、唖然とする。
仕方なく対岸の斜面を少し登ると、目の前には、上部からの水の流れが末広がりにサラサラと岩肌を流れ落ちる巨大な滑滝が姿を現した。
青空の下、眩しいくらいの新緑の濃い緑が飾る中を、キラキラと輝きながら流れ落ちる水の姿は、正に別名の「ひぐらしの滝」の名に相応しく、このまま日暮れまで眺めていたい気分にさせられる。
この素晴らしい景色を目の前に、ここで昼食にすることとした。
秘境中の秘境と言われる巨大な滝を前に、腰を下ろして口に頬張るおむすびがこの上なく旨い!
白滝を正面から堪能した後は、名残惜しいが記述が見当たらないこの滝の最上部を確認しに滝の脇を登ることとした。
同じ場所へ戻れない事を想定して、念のためザックを背負ったままズルズルと滑る斜面を草木にしがみつき、三点支持を忠実に守りながら腕力で暫く登り詰めると、緑の木々に覆われ滝幅が狭くなったその奥には、更に小さな段瀑が見え、何故か神棚の扉の中を覗き込んだかの様な不思議な感覚を覚えさせると共に、対岸から見る豪快な滝の姿とは違い、神々しくも繊細な印象を与えてくれる。
その有難くも感動的な光景を暫く眺め、しっかりと脳裏に焼き付けた後は、神棚の扉を閉めるが如く、そっとその場を後にした。
この山行は、岳人8月号に掲載していただきました。
この場を借りて編集部の方々にお礼申し上げます。
道なき道を進む山行では、前進を阻む深く速い沢の流れや滝、脆く崩れやすい岩壁やズルズルと滑る泥壁、空洞化した雪渓や足下が見えない程の猛烈な藪、ズブズブとぬかるむ湿地帯など…命に関わりかねない状況が少なからず目の前に出現する。
しかし、五感と四肢をフルに使い、それらの困難を自分の知識や技術に似合ったルートを見出しつつ、一つ一つ乗り越えながら見える景色や体験は、正にアドベンチャーであり、私が求める登山の醍醐味がそこにあります。
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