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空一面を灰色の雲が覆う森吉山野生鳥獣センターには人影もなく、鳥の囀ずりのみが聞こえている。
ザイルや登攀具、そして15kg程のザックを背中に、6時、一路九階の滝を目指し出発した。
森の中へと続く遊歩道を、登攀具が奏でるチャラチャラという派手な金属音を鳴らしながら進み、ふと足を止めると木々の葉から落ちる水滴のポタポタという音だけが辺りに響き渡り、静かな森の中に木々達の営みを感じることができる。
暫くして桃洞・赤水分岐へと到着し、赤水沢の脇を通るややぬかるむ遊歩道を進むと、やがて道は沢の中へと消え、赤水沢遡行が始まった。
甌穴に注意しつつ緑の木々に囲まれたナメ床を軽快に遡行を続け、左手に現れた九階の滝へと向かう枝沢の入り口にある急勾配のナメ滝の脇を、草木にしがみつきながら登り詰め、その先の踏み跡を暫く辿ると、7時40分、九階の滝の全体像を眺望できる「天狗の覗き」へと到着した。
少しの間、巨大なスラブを豪快に流れ落ちるその姿を前に感動を味わいつつ、今日の登攀の成功を祈りその場を後にした。
そして、通り過ぎて来た降下地点へと戻り、早速草木を鷲掴みにしながら深い谷底へと続く急斜面へと降下を開始した。
ぬかるむ小さな沢を暫く下り、更にその先にある急斜面を露出した木の根や枝を頼りに降下し、様ノ沢支流が流れる谷底へと降り立った。
時折雨が降る中、頭上に覆い被さる巨大な岩の間をすり抜け、小滝の脇を草木を頼りに下り、様ノ沢本流を少し遡行すると、8時44分、いよいよ九階の滝最下段の流れがゴーッ!という豪快な音と共に姿を現した。
圧倒的な姿を誇る神の滝を前に、久しぶりの再会を喜び、先ずは挨拶を交わした。
天気は曇り時々雨。
目の前には、雨で濡れた絶望的な急斜面が立ち塞がっている。
取り敢えず右岸の高台へと登るが、目の前に広がる滑らかなスラブで覆われた急斜面には、アンカーを打ち込む以外まともな支点の構築は不可能であり、単独行ではフリーでしか登攀の方法は無さそうだ。
更に悪いことに、これから辿ろうとする右岸のスラブは、上に行く程傾斜がきつくなっている事に気付く。
最悪の状況にやや気落ちしたが、意外にも今回新しく購入した作業用セーフティーシューズのグリップの良さに安心感を得て期待に胸が高鳴る。
「いけるか…?」
先ずは右岸の窪みに僅かに生える草木を辿りつつ登るが、傾斜がきつく滝へのトラバースは困難と判断し、一旦斜面を下り、再度滝へのトラバースをしつつ高度を稼ぐ事とした。
フリーでの登攀を決意した今となっては、無用の長物となった重い登攀具やザックを担いだままの登攀となるが、失敗は許されない。
点在する僅かな草地を繋ぐように、目の前のスラブにある極小さな窪みや出っ張りをホールドとし、滝が流れる右手へと高度を稼ぎつつトラバースするが、途中雨水の流れや、密集した苔に阻まれ、思うように進まず、時間だけが過ぎて行く。
手首にぶら下げたタワシでツルツルな斜面を擦るが劇的な変化はなく、更に時折降る雨は容赦なく目の前の斜面を濡らし、登攀をより困難なものとした。
過度の緊張を強いられながら登り続け、漸く滝近くの一人分程の広さしかない僅かな窪みまで辿り着きほっとしたのも束の間、見上げれば取り付くホールドが殆ど無いヌルヌルと滑る急斜面が続いている事に気付き、唖然とした。
しかし、周囲を見渡せばこれを登りきらなければ九段目の落ち口に到達出来ないことは明白であり、今更支点が無いこの場所から50メートル程あると思われる滝下へと降下する事は不可能だ。
意を決して指先だけのホールドを辿りつつ、やや右方向へとソロリソロリと登攀をつづける…と、突然両足が滑り、斜面に大の字にへばりつく格好となった。
身動きがとれない…。
顔面でスラブをホールドしつつ手を這わせ、先程辿り着いた僅かな窪みがある左側へと体を寄せるが手のホールドを得ることは出来ない。
そして、間も無く目の前のスラブが下から上へと流れ始め速度を上げる…もうダメだ…と思った瞬間、止まった!
どうやら肩から腰に掛けてあるザイルがスラブと胸との間の摩擦力を増してくれたようで、運良く先程の僅かな窪みへと5メートル程滑落して止まった。
気持ちを落ち着け、再度チャレンジしたが、やはり5メートル程滑落し、またもや運良く停止したが、腕や足、手からは出血し、お気に入りのウェアはボロボロになり赤く染まっている。
三度目の幸運は無いものと思い、今度はザックを下ろし、20メートルのザイルでハーネスとザックを連結し、30メートルのザイルだけを担ぎ、登ることとした。
弾みをつけ、一気に10メートル程の斜面を四肢を使い駆け上がると、漸く9段目の落ち口の下の窪みへと到着し一息入れた後は、更に30メートルのザイルを連結して9段目の落ち口へと到着。
その後ザックを引き上げる事に成功した。
見下ろせば、恐ろしい程の急斜面が眼下に広がり、足下から豪快な音を奏でながら下る水の流れが見える。
正に恐怖と隣り合わせの絶景だ!
そしてザイルを束ね、最初の釜の縁を左岸へと渡り、更に上段を目指す。
8段目の脇を難なく登ると、またしてもザックを背負ったままでは取り付けない程の右手が垂直の壁となっている細いバンドの斜面が現れた為、今度はザイルとザックを斜面の上へと放り投げ、空身で体を横にして極細の斜面を登り詰めると、広々とした7段目の落ち口へと10時56分、到着した。
思わずガッツポーズを決めるが、目の前に広がる絶景に声を失う。
ここからは、しがみつくように植物が生えるすり鉢状のスラブに囲まれながら、階段状に眼下に滑り落ちる水の姿が見え、その先には様ノ沢の穏やかな流れが小さく見える。
そしてそこから目線を上げると、緑に覆われた「天狗の覗き」がある尾根のスカイラインと共に、人を寄せ付けない険しい山々の姿が見える。
正に到達した者だけに与えられる秘境の地の絶景に否応なしに感動を覚え、喜びを一人噛み締める。
雨はいつの間にか止んでおり、相変わらず空にはどんよりとした曇り空が広がっているが、心の中は澄みきった青空が広がり、清々しい風が流れている。
素晴らしい景色を目に焼き付けた後は、いつまでもここに留まりたい気持ちも山々だが、まだ後ろには数段の段瀑が控えているのが見え、この先の難易度も不明な為、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
その後は連瀑帯が断続的に続き、小さいながらも深い釜を形成しているものも多く、殆どが急斜面を草木にしがみつきながらの高巻きとなり、体力を消耗する事となった。
そして、更に小さな枝沢を辿り、赤水峠に12時35分に到着し、倒木に腰掛けての昼食とした。
まだゴールまでの距離は長いが、もう後は山道を進み、沢を辿ればこの短いながらも充実した旅は終わる。
この先は難所がなく安堵したせいか、数日間を山中で過ごしたかのような不思議な感覚を覚え、心の中には達成感と共に喜びがひしひしと湧いてくる。
今日のおむすびも最高に旨い!
そして、短い昼食の時間を終えた後は、回復した天気の下、ゴール地点である森吉山野生鳥獣センターへと、木々の葉からこぼれ落ちるキラキラとした木漏れ日を浴びながら、最後の歩みを進めた。
aoirousagiさん
はじめまして
櫛ヶ峰の記録などを読ませていただきました。
GWにはだいたいの山はスキーで歩きましたが、いつか御鼻部から櫛ヶ峰に無雪期に抜けたいと夢想しています。
今回の登攀は思わず笑ってしまいました。
あの目の前の岩が流れ始める瞬間たまらないですね。
私は東沢の東ナメと屏風岩右岩壁で経験しました。
東沢では途中でハンマーン細引きが切れて身代わりに落ちていきました。
ナメなので初めは滑り落ちていくのですが、途中でホップステップジャンプみたいに跳ねて落下していくのを見て、死んだなと思いました。
本当に止まってよかったですね。
顔面グリップが効いたのでしょうか。(笑)
私なら脂ぎっているのでアウトですね。
今後は出来れば山行記録に揚げて頂ければ嬉しいです。
しかし想像するだけで身震いがします。
borav64mさんはじめまして。
コメントをいただきありがとうございます。
藁にもすがる思いとは正にこの事で、あの目の前のスラブが走り始めた時の記憶は、今思い出してもゾッとします。
私の生涯においての武勇伝となることでしょう(^_^;)
今回はちょっと無謀が過ぎましたね。
御鼻部から櫛ヶ峰へのルートは、初めて聞きましたが、冒険心をくすぐる面白そうなロングルートですね!
私は、取り敢えず駒ヶ峯から猿倉岳を通り、猿倉温泉に抜けてみたいと思っています。
どんな困難が待ち受けているのか、そしてどんな感動が待っているのか、今から楽しみにしています。(^_^)
神様の滝の上から見える景色は絶景でしたよね😉
tenkochanさんはじめまして。
コメントありがとうございます。
そうですね!
到達した者だけに与えられる絶景が広がっていました。
今日も雨が降る中、九階の滝を見に行って来ましたが、色鮮やかな紅葉で飾られた神様は、今日もご機嫌でしたヨ。
(^_^)
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