予定では6時30分に出発するはずだったが、森吉山野生鳥獣センター前の駐車場には今、冷たい雨が降り続いている。
車中にて雨が上がるのを暫く待ってはみるものの、一向に止む気配は無い。
更に暫くして、センターの入り口が開き、その場に居合わせた方々との雑談をしていたが、やはり止む気配は無さそうだ。
戻りの予定時刻を考慮するとそろそろタイムリミットが迫っている為、仕方なく雨が降る中、先日の登攀時より少ない沢道具を身に付け、ザックとザイルを背に、8時50分に駐車場を後にした。
半月前は緑色だった森の景色は、紅葉が深まり先日より一層美しく迎えてくれ、そして嬉しいことに、頭上に覆い被さる木々の葉は傘の代わりに一役かっている。
出発が遅れた為、雨が降り続く中、ぬかるむ遊歩道を足早に進むと、いつも気にかけている一本のブナの木が見えてきた。
この木に限ったことではないが、特に遊歩道の真ん中に生えるこのブナの木は、人々が道を歩く度に根元を踏まれ、その根の多くが地面から露出してしまっている。
更に、この遊歩道は沢へと繋がる為、スパイク付きの履き物を使用している方も多く、踏まれ続けて傷んだ木の根は非常に痛々しい。
しかし、ここは滑りやすい泥で覆われた斜面となっている為、階段状に露出したこの木の根は、ここを通る人々の足下の滑り止めとなり、幹は手摺代わりとなっている事も事実だ。
そんな事を思い、感謝と申し訳ない気持ちを込めてソッと木の幹に触れ、頭上を覆う木葉が風に揺れる光景を一時眺め、今日の目的を首尾よく果たし、また此処に戻れることを願い、その場を後にした。
遊歩道はやがて桃洞・赤水分岐へと差し掛かり、赤水沢へと続く道へと進んだ。
そして暫くしてナメ床が続く赤水沢の中へと入渓したが、先日の緑で覆われていた両岸は、今は色彩豊かな樹木の葉で覆われ、正に「天国の散歩道」のキャッチフレーズに相応しい光景が続いている。
雨粒の波紋が広がる浅瀬を暫く軽快に進むと、左手には九階の滝への入り口となるお馴染みの小滝が現れたが、脇にぶら下がる真新しいトラロープに命を預ける気にはなれず、小滝の脇の草木にしがみつきつつ一気に登りきると、年を追うごとにハッキリとしてくる踏み跡を辿り、「天狗の覗き」へと10時12分に到着した。
紅葉が深まった山々の深い谷間に、白く波打ちながら森の中へと消えて行く九階の滝の一筋の流れを眺めるが、雨により両岸のスラブを濡らした九階の滝の姿もなかなかの絶景だ。
休憩がてら少しの間眺めた後は、半月前と同じように草木を頼りに様ノ沢支流へと続く急斜面へと降下を開始した。
ハッキリとした踏み跡を辿り、迷うこと無く細い沢を下り、支流が流れる谷底へと続く急な草付きをバイルを突き刺しながら降下するが、雨が降り続く今日は途中から泥壁へと変わっており、スタンスを確保できない為、灌木に20メートルのザイルを巻き付け降下することとなった。
一本しか持参しないロープをこの場所に残置することはやや不安が残るが、仕方なく支流を下って行き、ヌルヌルと滑る小滝の上段脇を草木を頼りに降下し、下段は僅かなスタンスとホールドを頼りに爪先と手の指先で降下した。
そして支流との出合から様ノ沢本流へと僅かな遡行を済ませると、11時10分、「神様の沢」にかかる九階の滝最下段が姿を表した。
半月前の登攀の光景を思い出しつつ再会を喜ぶが、意外にも雨が降りしきる滝の流れは荒ぶること無く穏やかであり、どうやら紅葉真っ盛りの鮮やかな木々に飾られた今日の神様はご機嫌のようだ。
一枚岩で囲まれた狭い空間には、ザーッという音が響き渡っており、目の前のゆらゆらと揺れる様ノ沢の穏やかな水面に、紅葉した辺りの景色と共に逆さまに映る九階の滝の姿は正に幻想的であり、神々しい。
私にとって様ノ沢の九階の滝が見上げられるこの場所は、特別な場所だ。
初めて購入したピカピカの沢道具一式を携え、数年前初めて本格的な沢の遡行を伴いつつ辿り着いたのが正にこの場所なのだ。
右も左も分からず、たった一人で辿り着いたその時も九階の滝はその圧倒的な姿とは裏腹に、穏やかに迎えてくれた。
あの時の感動は、今でも深く心に刻まれている。
雨はいつの間にか小雨へと変わり、記念撮影を済ませた後は、いつものように神様と対面できる右岸側のテラスへと登り昼食をとることとした。
水筒の熱いお茶と共に口に頬張るおむすびは今日も旨い!
それにしても見れば見るほど、このツルツルのウォータースライダーの脇を自分が登ったとは…未だに信じられない気分だ。
スラブを流れ落ちる水の流れを眺めながら登攀の思い出に浸り、神様との短い時間を楽しんだ後は、名残惜しいが降雨による復路での難易度を考慮して、早めに出発することとした。
しかし心配した泥壁の登攀も案ずる程では無く、意外にも拍子抜けする程あっさりと赤水沢に戻る事ができた。
雨はいつの間にか止んでおり、後は急ぐこと無く紅葉で飾られた穏やかな沢の風景を楽しみながら、森吉山野生鳥獣センターへとゆっくりと歩みを進めた。
復路では、桃洞滝に向かう方々と擦れ違う度にザイルやハーネスを身に付けた私を見て今日の目的地などを尋ねられるが、九階の滝を知る方はいなかった。
そして途中、あのブナの木に無事に帰還した事を告げ、更に14時10分、駐車場へと到着した。
キャッチフレーズの「天国の散歩道」。
自然豊かな美しい赤水沢の奥にある周回コースでは、自然を売りにした宣伝文句とは裏腹に、痛々しく岩壁に打ち込まれたボルトや残置されたスリング、ロープ、ピンク色のテープなどの人工物が無数に存在し、見るに堪えない状況となっている。
特にボルトは、一度打ち込めば二度と元には戻せないが故に、大自然が生み出した秋田県の宝に、個人のエゴにより必要以上にボルトを設置することは如何なものだろうか…。
更に、年々踏み跡がハッキリとし、真新しい残置物が増える九階の滝へのルート及び古の人々や登攀者達の志により守られてきた九階の滝に、この先も人工物が溢れ、あの周回コースのように痛々しい姿となることを私は望まない。
そして、これから先もこの場所が「神様の沢」として大切に語り継がれることを願っている。
aoirousagi さん、こんばんは。
私も19日、某山岳会OBの方々と森吉山に登っていました。
午前中は雨で、前日雪が降ったとの話もあり寒かったですね。
私も、登山道が階段工されたりして、人工的に改造されているのを見ると残念でなりません。
まるで虫歯の治療のように、オリジナルの自然を変えてしまうのは凄く悲しいことだと思います。
aoirousagi さんの言う「痛々しい姿」、その気持ち凄く分かります。
私は綺麗なブナ林が伐採されて、人工林に変えられていくのを見ると我慢できませんよ。
yamakituneさんコメントありがとうございます。
森吉山ですか、寒い中の山行お疲れ様でした。(^_^)
この山も思い出深い山です。
初めての雪山登山にて、吹雪に遭遇し、山頂に見ず知らずの方と二人取り残された経験があります。(^_^;)
残念ながら、暫く足が遠のいていますが、私の好きな山の一つです。
さて、私達登山者や、他に山に関わる人それぞれ様々な立場や考え方の方がいらっしゃいますが、一度手をかけてしまえば、自然では無くなる事をよく認識した上で、仕方なく自然を傷つけるならば、せめてできる限りの努力の上での最小限の範囲にとどめようという志が欲しいものです。
誰しも自分が暮らす場所へ他人が土足で足を踏み入れ、我が物顔で振る舞う事を良しとはしません。
故に山とそこで日々を営む動植物達を含めた自然に対する敬意も忘れてはならないと思っています。
そして、その者達が発する小さな声に対して普段から五感を働かせることにより、より山を知ることとなり、味わい深い山行になると思いますし、更に山を知ることは、万が一の際の生還する為の手助けになることと思います。
yamakituneさんのような、心優しい方と自然に対する気持ちを共有できることを嬉しく思っております。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する