素波里湖脇のキャンプ場を通りすぎ、その先から始まる林道へと車を乗り入れる。
まだ少し薄暗い早朝の林道は、風もなく穏やかな雰囲気が漂い、悪路が続く林道脇には若葉が生い茂り、時折現れる山桜が目を楽しませてくれる。
車に揺られながら暫くして約12.7kmを走り終え、樺岱登山口へと到着した。
少し肌寒い静かな森の朝は清々しく、身支度を整え、5時50分、未だ完治しない左膝の痛みを気にしつつ、先ずは藤里駒ヶ岳へと歩みを進めた。
目の前に広がる枯れ葉で覆われた斜面には、あみだくじのように新旧の山道や作業道らしき道が入り交じり判別が難しいが、取り敢えずつづら折りに登って行く。
暫く登ると残雪が現れ、高度約900mからは、辺り一面雪に覆われた。
青空の下、右手から差し込む太陽の光を浴びながら、雪を踏みしめるザクザクという音を奏で、静かなブナの森の中を進む。
暫くして6時50分、名も無き最初のピークがある高度約1020m地点に到着し、程よい疲れを感じながら肩からザックを下ろした。
スポーツドリンクを口に含み北の方角を眺めると、目の前には次のピークと、その左奥には雪が疎らに残る藤里駒ヶ岳の山肌が見える。
この登山での最初の眺望地点から見える美しい景色を前に、僅かな休憩を終えた後は、残雪で覆われた北側斜面を下った。
この先に見える尖ったピークへは 空へ突き上げるような急な斜面が続いているが、雪解けで現れた山道は、そのピークの東側斜面をトラバースするように続いているので、迷わず山道歩きを選択する。
東側斜面をトラバースして北側へと続く稜線に上がると、今日の最初の難所である藤里駒ヶ岳山頂直下の雪で覆われた急な斜面が見える。
数年前に訪れた時には、この斜面の雪に大きなクラックが入り、この雪壁を越えるのに一苦労したが、今回はまだ雪が斜面に張り付いており、あまり苦労せずに登れそうだ。
紫色のカタクリの花が咲く稜線を北へと進み、その先の足掛かりに乏しいザレ場を慎重に登る。
そして雪壁の直下に雪を踏み固めた足場を作り、アイゼンを装着した。
一歩一歩雪を踏み固めながら左手へと慎重にトラバースし、更にフロントポイントにて雪壁へと取り付き、緊張を抑えつつ4m程の高さを乗り越え、まずは一安心した。
そして更に歩みを進め、7時35分、風もない青空の下、360°の清々しい景色が広がる藤里駒ヶ岳山頂へと到着した。
さて、今日の目的地の冷水岳は、どうだろうか…。
藤里駒ヶ岳の北側のコルから冷水岳山頂へと伸びる尾根上には既に雪が殆ど無く、残念ながら藪こぎを強いられそうだ。
予想はしていたものの少しガッカリしたが、先ずは行ける所まで行ってみようと思い、藤里駒ヶ岳の北側の斜面を下るが、少しして勾配は一気に増し、ピッケルを持参しなかったことを後悔する。
立木が少ない雪が凍結した斜面はアイゼンの利きが悪く、フロントポイントにて降下するが、手にしているのがトレッキングポールでは心許ない。
ハラハラしながら暫く降下すると、数十メートル下に雪が無い山道が現れたので、その山道へと逃げ込んでホッと胸を撫で下ろした。
しかし、何故この山道にだけ雪が無いのだろうか…少し不思議に思いつつ山道を下ると、又斜面は雪で覆われるが、今度の傾斜はさほどでもなく、雪の上を更に下ると藤里駒ヶ岳と冷水岳の尾根を分けるコルへと到着した。
目の前の冷水岳へと繋がる尾根にはやはり既に雪は無く、ネマガリタケが密集している。
仕方なく、ネマガリタケの藪を掻き分けながら尾根上を北へと進んだ。
埃にまみれながら暫く進むと、雪が無い尾根の東側には雪庇が現れ、先端の突き出た部分が既に崩れ落ちた平坦な雪庇は、数メートルの幅で尾根の上へ上へと続いている。
どうやらこの雪庇を辿れば、あまり藪を漕がずに冷水岳に行けそうだ。
延々と続く藪漕ぎを覚悟していただけに、冷水岳の山頂へと招かれているかのような予想外の回廊の出現につい嬉しくなる。
既に日は昇り、気温が上がったその回廊をアイゼンの爪を利かせ、ゆっくりとしたペースで登り続け、次から次へと目の前に現れる小さなピークを登り詰める。
気がつけば高度は上がり、眼下には黒石沢登山口のトイレ棟が見えるが、そこに辿り着く林道は未だ冬季閉鎖中なので、人の気配は無い。
そして太陽の日差しを浴びながら額に汗を流し、更に歩みを進め、10時5分、最後の斜面を登り切り、冷水岳山頂へと到着した。
地形図で想像していたはっきりとしたピークがわかる山頂の風景とは違い、真っ白な雪に覆われた広く平坦な地形には、木が疎らに生えており、その中央部には三角点の標石を護るかのように、半径数メートル程の狭い藪が存在している。
風もなく広々とした山頂にて頭上を見上げれば、青空に雲は無く、燦々と降り注ぐ太陽の光が眩しい。
何とも穏やかなこの山頂の広場には、遠くからサラサラと流れる水の音が聞こえ、北には岩木山、西には白神岳の連なり、東には田代岳が見える。
標高1043.4m。白神山地 冷水岳。
その名称からは冷たく無愛想な印象を受けるが、辿り着いてみれば穏やかで優しい雰囲気の漂う山であり、心地好い山頂の広場は何時までもこの場に留まりたい気分にさせてくれる。
今回は、運良く雪の回廊を利用して山頂に到達したが、もうすぐこの場所にも春がやってくる。
山頂へと続くこの雪の回廊もあと数日もすれば崩壊し、冷水岳は今年もまた白神山地の奥深くにひっそりと佇む山として道を閉ざしてしまうことだろう。
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