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静かな森の中には鳥の囀ずりと共に夜明島川のサラサラという心地好い音が聞こえている。
6時10分、一泊二日分(20kg)の装備を身に付け、夜明島林道終点より、一路「茶釜の滝」を目指して歩みを進めた。
少しすると、草むらの中に夜明島渓谷の案内板が立っており、道案図や所要時間と共に「日本の滝百選」中、到達の困難さでは三本の指に入る難攻滝の一つであることや、注意事項などが記されている。
更に、「茶釜の滝」は上段から「雲上の滝」「銀線の滝」「茶釜の滝」の三段からなる段漠の総称であると記されている。
この案内板の記述からすると、今まで「茶釜の滝」として知られていた最上段の滝は、実は「雲上の滝」であり、また、「雲上の滝」として知られていた滝は「白雲の滝」と記述されている。
今回の山行目的は、あまり知られていないこの総称と記述されている段漠に含まれる三つの滝の特定と、その源頭部の確認だ。
早速案内板の少し先にある川原から遡行を開始したが、梅雨明けしたとは言え、未だ雪解け水が混じる沢の水は身にしみる程冷たい。
少しして左岸に山道が現れた為、山道が通る高台の斜面をトラバースしつつ進むが、どうやら、わざわざ滑落の危険を感じながら細い山道を進むよりも、素直に沢の中を歩いた方がよさそうだ。
そして最初の難所である、泊滝へと6時37分に到着した。
滝の左岸を大きく巻くように続く細い山道には枯れ葉が積もり、沢靴では非常に滑りやすい為、山道脇に張り巡らされたロープを手摺り代わりにしながら慎重に進む。
それにしてもこんな場所に山道を通すとは、正に達人技だ。
そんな事を考えながら、その先にある夜明島渓谷の名物である垂直の梯子を下り、泊滝の落ち口と進み、更に向かい側の垂直の梯子を登り、細く崩れやすい高台の斜面をトラバースしながら上流へと進み、その先に流れる沢へと降り立った。
沢というより、夜明島川の名前が示す通り、川の様に広い水の流れの中を思い通りに進んで行く。
やがてやや薄暗かったこの谷間にも日の光が差し込み、周辺を飾る緑の木々の隙間からこぼれる光が沢の水をキラキラと輝かせ、美しい渓谷の姿を露にした。
時折巨大な倒木や、岩が転がる崩落箇所、更に深い滝壺などが現れるが、危険な場所にはロープやアイボルトが取り付けられ、巻き道もハッキリしている為、難攻滝とは言え遡行に障害となる箇所は無く、跳ね滝、夫婦滝、クグリの滝等の主要な滝を越えつつ順調に進むと、崩壊した巨大な雪渓が現れ、モクモクと湯気を立てながら沢を塞ぎ、険悪なムードを醸し出している。
直接越えるのは危険と判断し、右岸を大きく高巻いて雪渓を越え、更にその先の小さな滝を幾つか越えて暫く進むと、「茶釜の滝」へと続く出合へと到着した。
岩壁には親切に「茶釜の滝」を案内する看板が掲げられているが、難攻滝と言われている険しい滝へのルートの中に、突然現れた観光地の様な案内板に拍子抜けし、不意に笑いが込み上げる。
しかし本番はここからだ。
案内板が示す通りに右手の沢へと入り、大きな転石を越えながら進むと、左手にはザーッ!という音を響かせながら垂直の岩壁を流れ落ちる滝が現れた。
渓谷の入口にあった案内板によれば、これが最下段の「茶釜の滝」らしい。
落差は、10メートル程だろうか。
近付いてみると、日の光を浴びてキラキラと輝く水が深く丸い釜の中へと吸い込まれる情景は、さながら茶道具の柄杓にて茶釜に水を注ぎ込むかの様にも見え、何とも雅やかな雰囲気が漂よう滝だ。
さて、滝を眺めながら休憩しつつ今日の目的の一つである「茶釜の滝」の源流域へ到達する為に当てにしていたルンゼを確認するが、どうやら土砂崩れが発生したらしく、土砂と共に巨大な石が谷間を埋め尽くし、今にもまた崩れ落ちそうだ。
これではとても登攀できる状況ではないので、ルートを再検討することとし、先ずはこの滝の名物となっている垂直の梯子を登り、更に上流にある筈の「銀線の滝」の特定へと向かった。
梯子を登り切り、「銀線の滝」があると思われる右手へと藪の中を下ると、先程の「茶釜の滝」の一つ上にある滝の落ち口へと到着した。
この滝の形状より、恐らくこの落ち口から下の釜へと流れ落ちる落差15メートル程の直瀑が「銀線の滝」と思われる。
更に上流には、数段の段瀑が存在するが、規模や釜の深さから察するにこの滝で間違いなさそうだ。
そして藪を登り返し、更に上の「雲上の滝」へと向かう。
アルミ梯子が敷かれた緩い尾根を登り切ると、8時55分、「雲上の滝」の正面へと到着した。
頭上に見える険しい岩壁にしがみつくように生える緑の木々の隙間から水が吹き出し、飛沫を伴い岩肌の形状を露にしつつ一気に滝壺へと飲まれて行く様は、正に絶景であり、よく見ると岩肌には胸元に手を合わせた観音様の様な姿も確認できる。
何だか有難い景色を暫く眺めながら、この滝の落ち口へと向かう為のルートを検討した結果、「雲上の滝」の左手にある藪で覆われた斜面を登攀することとした。
一度先程の垂直の梯子を登り切った場所まで下り、目的の斜面へと取り付いた。
枯れ葉が積もったこの斜面は非常に滑りやすく、立ち木の枝に掴まりつつ一歩一歩確実に登るが、登るほどに傾斜はきつくなり、右手で沢バイルを斜面に突き刺しながら体を支え、左手で木々にしがみつきながら登る。
しかし更に傾斜はきつくなり、もはや斜面と言うよりは崖となり、崖から真横に生える木々の幹にガースヒッチで巻き付けたスリングをアブミ代わりにして木々を伝い登攀を続けるが、遅々として高度は上がらず、いよいよ行き詰まった為、仕方なく登攀を諦め、ザイルにて懸垂下降を繰り返しながら下り、更に垂直の梯子を降り、最初に確認した「茶釜の滝」を前にして昼食をとりながら策を練ることとした。
おむすびを噛りながら、地形図を眺め検討した結論は、大場谷地へと抜ける山道を使って高度を上げ、そこから地形図が示す谷を下り、更に「雲上の滝」へと流れ込む沢の上流へと降り立ち、落ち口を目指すこととした。
昼食を終え、一度先程の案内板が取り付けられている出合へと戻り、今度は左手の沢へと遡行する。
折角なのでこの先にある「白雲の滝」を眺めてからお目当ての山道を探すが、辺りの藪の中に山道は全く確認できず、仕方なく周辺にある最近崩れたらしい浮き石だらけの急な沢を詰めることにした。
時折足下からガラガラと落石が発生し、緊張を伴いながら100メートル程登り続けると、探していた山道が土砂崩れにより崩壊している現場へと辿り着いた。
しかし、辺りを見回すが、大場谷地方向へと向かう山道は辺りの藪の中に確認できない為、仕方なく山道があると思われる南の方角へと進路をとり、更に藪の中を進むと、暫くして山道へと辿り着いた。
山道を南へと少し進んだ後は、山道を外れて地形図に示された谷を下った。
暫く下ると、突然スッパリと切れ落ちた崖となっており、目測で30〜40メートル下にある沢へとチョロチョロと水が流れ込み、崖を濡らしている。
そして、眼下に見える沢の少し上流には釜を構えた10メートルを超える高さの直漠が見える。
地形図より、この沢が「雲上の滝」へと続いているのは間違いないのだが、この沢への降下で一本しかない30メートルのザイルをここにフィックスすれば、あの上流にある無名滝を越えることは出来ない為、仕方なく今回はこの沢の源頭部への遡行は諦め、「雲上の滝」の落ち口へと向かうことを最終目標に変更した。
崖の脇の立ち木にロープをフィックスし、エイト還にてヌルヌルと滑る赤い岩壁を懸垂下降し、ロープをあと1メートル残して運良く沢床に降り立つことに成功した。
両岸は切り立った崖となっており、沢幅は約4メートル、足首程度の浅く穏やかな沢の流れは小さな落差を伴いながら、北の方角へと流れている。
時間は13時を少し回り、太陽から降り注ぐ日差しはいよいよ強くなり、暑さで体力を奪われる為、行程は厳しさを増すが、冷たい沢の流れが汗まみれの火照った体を癒してくれる。
さて、この先に待ち受ける景色は、どんなものだろうか…果たして「雲上の滝」の落ち口に辿り着けるだろうか…。
期待と不安を胸に、沢を下り続ける。
やがて沢幅は狭まり、小さいが深い釜を伴った段漠の右岸をヘツリながら進む。
暫くして、視界の先には突然ザーッ!と響き渡る音と共に、スッパリと切れ落ちた滝の落ち口が見え、その水平線の先には、深い緑に覆われた遠くの山々の気色が見える。
13時30分、8畳程の広さの浅瀬の先にある崖の先端へとそっと歩み寄り、右岸の立ち木にしがみつきながら眼下の景色を確かめる。
間違いない、これが「雲上の滝」だ。
雲の上から下界へと降り注ぐかの様に、透き通った水の流れが浅瀬から一気に崖下へと滑り落ち、日の光を浴びてキラキラと輝き、虹を伴いながら視界の彼方へと消えて行く。
正に夢の様な光景だ。
そして視線を上げれば、今日辿ってきた夜明島渓谷の険しい谷間の姿と共に、緑に包まれた山々の景色が遮るものも無く広がっている。
感動的な景色を前に、心の中には苦労の末にこの秘境の地に到達した実感と共に、この場所に新たな足跡を残すことができた喜びがひしひしと湧き上がる。
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