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裏岩手連峰の縦走路を地形図にて辿ると、大深岳の南西側に一際目を引く地形が見受けられる。
等高線が丸く円を描き、岩を示す記号が記されたその場所には天狗岩と記されているが、山道は無く、ネット上には僅かな記録や画像以外情報は殆ど無い。
いったいどんな場所なのだろうか…?
6時6分、八幡平樹海ラインと交差する赤川の堰堤より入渓した。
霧雨が降る静かな森の奥へと続く沢の流れは穏やかであり、ひんやりとした風は秋も間近であることを感じさせる。
赤みを帯びた石を伝いながら進むと、やがて沢幅は狭まり、水の流れは進むほどに勢いを増した。
暫く進み現在地を確認するが、どうやらルートミスをしたらしく、本流から外れて枝沢に入り込んでしまったようなので、一度沢の分岐点まで戻り、再び溯行を開始すると、難なく裏岩手連峰縦走路へと辿り着き、更にすぐ近くの大深山荘へと7時18分に到着した。
山荘の中に入ると、数人の登山者がおり、昨日からの泊まりだとの事。
その方々と今日の天候やお互いの行き先など僅かな言葉を交わし、山荘を後にした。
大深岳へと向かう山道には、相変わらず霧雨が降り続いており、水溜まりが多い山道の脇には鮮やかな紫色の蕾をつけた沢山のリンドウが並んでいる。
暫く進むと、7時46分、大深岳山頂へと到着したが、ガスがかかった灰色の景色の中には今日の目的地である天狗岩の姿は確認できない。
そして南へと続く山道を220m程下った場所にある緩いコルへと進み、地形図と照らし合わせるが、期待していた天狗岩の北側へと続いている筈の沢筋は全く確認できず、目の前には濃いガスで覆われた空と、行く手を阻む猛烈な笹藪が広がっている。
いよいよここからが本番だ。
笹藪にむしり取られないように、今一度沢道具やロープなどの装備の点検を済ませ、意を決して猛烈な笹藪へと分け入った。
雨で濡れた笹藪を手で掻き分けながら西へと下るが、足下が見えない為、突然の崖に警戒しながら一歩一歩確実に進んで行くと、足下に突然大きな窪みが現れ、咄嗟に歩みを止めて危うく転落を免れた。
藪を掻き分け、窪みの先を確認すると、どうやらここが探していた沢の始まりのようなのだが、水は全く流れておらず、玉石が転がる深い溝だけが藪の中へと続いている。
地形図と照らし合わせると、恐らくこの枯れ沢を下れば天狗岩の北側へと到達できる筈なので、倒木と猛烈な笹藪が覆い被さるこの枯れ沢を下った。
藪を掻き分けながら下り続け、暫くすると、8時45分、天狗岩の北側130m地点に到達したが、人の背丈より高い笹藪に阻まれ、天狗岩を確認することができない為、枯れ沢の左岸へと登り、視界を埋め尽くす猛烈な笹藪を漕いで南へと進むと、藪の隙間から天狗岩の頂上と思われる岩場を確認し、つい笑みがこぼれる。
そして更に岩場の直下へと進み、取り付き場所を探るが、岩が露出した北側の斜面は斜度がキツく登れない為、北東側へと回り込むと、笹にしがみつきながら登れそうな場所があり、ここから登攀を開始した。
ズルズルと滑る斜面は足場にとぼしく、鷲掴みにした笹を放せば滑落は免れない。
先が見えない猛烈な笹藪の中を腕力を頼りに登り続けると、運良くテラス状の岩場へと辿り着き、一息ついた。
この場所の上部はややオーバーハングしており、直登は出来ない為、周囲を探り北面から反時計回りに西面に回り込むと、数十メートル下には緑に覆われた美しい森の景色が広がっており、その上の切り立った岩壁に20cm幅の細いバンドが通っている。
これを渡って更に奥へと回り込めば、頂上へと続く斜面に取り付けそうだが、足を踏み外せば間違い無く重大な結果を招くことになる状況に緊張が走る。
今一度沢靴のグリップを確かめ、細いバンドへと進んだ。
岩をホールドし、細いバンドに足を乗せ、一歩、そしてまた一歩と渡る。
上手く渡り終え、更にその先の岩場を登ると、頂上直下の狭いテラスへと到着した。
頂上はもう目の前だ。
そしてハイマツに覆われたやや急な岩場を慎重に乗り越えると、9時4分、赤い実をつけたふかふかのガンコウランと、ハイマツに覆われた畳一畳程の広さの天狗岩頂上へと到達した。
霧雨はいつの間にか止んでおり、生憎の曇り空の下、やや風が強く藪漕ぎで濡れた体には少々こたえるが、360°遮るものも無く眼下に広がる針葉樹の森と、目の前を通りすぎて行く雲の合間から見える周辺の山々の景色は正に感動的であり、天空を彷彿とさせる。
植生の下には、岩の隙間が隠されているらしく、近くには大きく口を開けた空隙が見え、今にも熊が飛び出して来そうな雰囲気だ。
慎重に足を運び、周辺の景色を眺めながら頂上周辺を散策してみるが、この岩場は平地から突然隆起したように切り立った崖と積み重なった岩で構成されているようだ。
どのようにして出来上がったものだろうか…まるで空想の世界に立ち入ったかのような光景に神秘的な雰囲気を感じる。
周辺を確認した後は、この神秘的な雰囲気を味わいつつ、手触りの良いふかふかのクッションのようなガンコウランが覆う岩に腰掛け、水筒の熱いお茶とおむすびで少し早い昼食にすることとした。
耳元に聞こえる風の音、眼下に広がる針葉樹の森、目の前を通りすぎる雲の流れ、天空の岩場からの景色を堪能しながらの昼食は五感全てを満たしてくれた。
雲の流れと共に目まぐるしく変わり行く景色は飽きることが無く、いつまでもこの場所に留まりたいが、帰路での行程もどのような困難が待ち構えているのか不明な為、早めに地上に下りることとした。
天狗岩の北側に降り立ち、藪を漕ぎつつ無名の枯れ沢を西へと下り続けると、10時25分、水が流れる沢と合流し、更に下り続けると、難なく東ノ又沢との出合へと到着した。
辺りには、いつの間にか小雨が降っており、水面には沢山の波紋を広げている。
その後、東ノ又沢を南へと溯行し、最後の藪漕ぎを経て11時34分、無事に山道へと辿り着いた。
そして相変わらず小雨が降る静かな山道を、一人達成感を胸に帰路についた。
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