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誰も居ない森吉山野生鳥獣センターの駐車場から見える景色には靄がかかり、朝の日差しも無く、ひんやりとした空気が辺りを包み込んでいる。
車内にて少し様子をうかがっていると、やがて視界は広がり、カラフルな紅葉の景色の先に見える山の斜面には、真っ白な雪を確認することができる。
時折パラパラと降る雨が少々気掛かりだが、ウェットスーツにレインウェアを羽織り、ヘルメットとハーネス、ザックを身に付け、今年最後の沢歩きを楽しむべく、6時20分、風もなく静かな森の中へと続く遊歩道を南へと歩みを進めた。
遊歩道の脇には紅葉したブナの木が立ち並び、森の中にはサラサラと流れる沢の音だけが響いている。
橋を渡り、雨でぬかるんだ遊歩道を一人歩き続ける。
桃洞・赤水分岐を桃洞渓谷へと進み、暫くして、7時16分、ゴーッ!という音を響かせる桃洞滝へと到着した。
前日からの降雨により増水した滝の姿を眺めた後は、左岸のスラブに刻まれているステップをたどり、滝の上流へと向かった。
足下に敷き詰められた落葉により、今日のスラブはフエルトの靴底との相性が悪く、非常に滑りやすい。
桃洞滝を越え、雨が水面に波紋をひろげる沢の中を上流へと歩き続ける。
スラブが続く両岸は、紅葉した美しい木々で彩られており、寒々とした灰色の空とは対照的に暖かさを感じさせてくれる。
男滝を越え、前方に現れた出合を右手へと進み、兎滝への周回コースから離れて中ノ又沢を目指した。
さて、どんな困難が待ち受けているのだろうか…気持ちを引き締めて緩い勾配が続く沢を進む。
少しすると、何やらあまり出くわしたくない光景が視線の先に見える。
両岸が急な斜面で覆われた沢の流れが、横たわる倒木によってせき止められ、天然のダムが形成されており、せき止められた流れはゆっくりと大きな渦を巻いている。
ダムに近付いてみるが、底が見えず、かなり深そうだ。
肌寒い今日は、出来れば冷たい沢の水に浸かりたくはないが、仕方なく胸まで水に浸かりつつ一歩一歩足の裏で沢床を探りながら通過した。
沢幅は、進む程に狭くなり、両岸の尾根上を見上げると、雪深い地域には珍しく、真っ直ぐに幹を伸ばした立派な天然杉が並んでいる。
見慣れない景色を楽しみながら、地形図では判別が難しい分岐が続く沢を登り続けると、どうやら進むべき沢を間違えたようだ。
地形図を確認し、尾根を一つ乗り越え、本流へと戻ることとしたが、フエルトの沢靴は滑り安く、尾根からの下りで藪の中を本流の沢へと一気に滑落した。
背中のザックがクッションとなり、運良く無傷で本流へと降り立つことができたが、やはりフエルトの沢靴では、チェーンアイゼンの持参が必須だ。
気を取り直し本流を暫く遡行すると、沢は枯れ、周囲を丘で囲まれた地点で沢筋が消滅した。
地形図を確認し、藪で覆われた丘を登ると、地形図には記されていない山道へとぶつかったので、道なりに南へと進むと、分岐点があり、そこには「裏安ノ滝歩道」と記された古めかしい看板があり、その分岐点を南西へと進んだ。
山道は沢へと繋がり、その沢を暫く下ると、9時20分、お目当ての中ノ又沢へと降り立つことができた。
地形図を確認すると、この沢を下れば、安の滝の落ち口へと到着するはずだ。
深い谷間に流れる細い沢は水深が深く、両岸は苔むした斜面で覆われている。
雨で濡れた斜面は非常に滑りやすく、草や灌木にしがみつきながら先へと進むと、やがて沢幅は7〜8メートル程となり、水深も足首程の深さとなった為、ザーッ!という音をたてながら流れる浅い沢の中を軽快に下った。
相変わらず時折雨が降ってくるが、切り立った両岸の岩肌と美しく色づいた木々が織り成すコントラストが非常に美しく、気分は最高だ。
暫く軽快な沢下りが続いた後、10時1分、目の前にはスッパリと景色が切れ落ちた滝の落ち口が現れた。
ここが安の滝の落ち口だ。
恐る恐る乾いた右岸の端をたどり、ゴーッ!という音と共に沢の水が一気に滑り落ちる滝の先端へと歩み寄ると…そこには言葉を失う程の絶景が広がっていた。
目の前を流れる沢の水は、すぐ先の落ち口へと吸い込まれ、視界から消えて行く。
その正面には、カラフルに彩られた山々がどこまでも続いており、右手を見上げれば、高さ100メートルはあるだろうか、紅葉真っ盛りの木々がしがみつく断崖絶壁の険しい岩肌が見える。
正に言葉では言い表せない程の美しさだ。
ふと視線を下げると、遥か下の山道には数人の人影があり、こちらを指差している。
つい嬉しくなり手を振ってみると、同じく手を振り返してくれた。
そして今日初めて出会った方とのふれあいと、落ち口からの絶景を楽しんだ後は、この折角の景色を前に、昼食にすることとした。
昨夜自宅で握ったオムスビを口に頬張り、水筒のお茶で喉を潤す。
沢歩きで冷えた体に熱いお湯がしみる。
正に五感が満たされる一時だ。
暫くここに留まりたい気分だが、短い休憩を終えたことは、時折降る雨の状況を考慮して、早めに帰路につくこととした。
地形図にて確認すると、安の滝の落ち口から250メートル程遡った右岸に流れ込む無名の沢を遡行すれば、「裏安ノ滝歩道」へとぶつかるようだ。
早速その沢の入り口へと向かうが、そこにはスラブ滝が立ち塞がっている。
登攀するには角度が急であり、あまり時間もかけていられないので、左岸の藪の中を木の枝にしがみつきながら登りきり、無名沢へと降り立った。
沢は延々と滑らかなスラブが続き、幾つもの小さな滝を乗り越えながら進むと、やがて枯れ沢となり、藪こぎをしながら数十メートル程進むと、11時12分、目指していた山道へとたどり着いた。
その後は順調に進み、桃洞滝から兎滝へと通じる周回路の出合には、11時55分、到着した。
以外に早く馴染みのある場所まで戻れたので、赤水渓谷へと向かい、兎滝を経由して帰ることとした。
桃洞渓谷を順調に遡行し、赤水渓谷を下るが、やや増水した沢は難易度を増しており、前回来た時にはザイルを使用する必要はなかったが、今回はルートが水没している箇所が少なからずあり、ザイルでの懸垂下降を強いられながらの沢下りに時間を要することとなった。
そして、14時10分、兎滝を下り、後は緩やかに流れるこの赤水沢を下れば遊歩道へと難なく到着するはずだ。
相変わらず時折弱い雨が降る中、両岸を紅葉した木々が飾る静かな赤水沢を一人下り続ける。
秋の山は日暮れが早く、既に太陽の日差しは大きく傾むき、誰も居ない沢は少し寂しげな雰囲気が漂っている。
15時12分、桃洞・赤水分岐へと到着。
ブナの木が立ち並ぶ遊歩道を北へと進み、更に15時50分、誰も居ない静かな森吉山野生鳥獣センター駐車場へと到着し、今年最後の沢歩きを終えた。
今日の沢歩きは、生憎の雨に降られたが、そのお陰で終始貸し切りの美しい景色を一人堪能することとなり、結果として大満足な山行となった。
さて、山の季節は既に冬へと変わりつつあり、いよいよ雪山の山行が始まる。
今年一年、山行にて積み重ねてきた登山力の集大成として、今季はどこまで行けるだろうか…。
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