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雪解け間もない入角沢林道は、未だ整備されておらず、林道上には落石や倒木がほぼそのままの状態で放置されており、倒木を避けつつ、落石を素手で寄せながら車を走らせるが、進むほどに困難を極め、いよいよ白岩岳登山口より2.3km程手前で進行を断念した。
林道脇の空き地に車を停め、装備を身に付け、先ずは白岩岳登山口を目指し、7時に駐車地を後にした。
昨年ここを訪れた際には、沢山の紫色の藤の花が甘い香りと共に林道脇を飾っていたが、昨年より1ヶ月程早い今日は、新緑に映えるピンク色の桜の花が迎えてくれた。
左手には、雪解けで勢いを増した入角沢の透き通った水が、ゴーッ!という音を伴いながら流れており、ザックに取り付けた熊ベルの音をかき消している。
少し懐かしい風景を楽しみながら暫く林道を進み、7時30、登山口を示す少し傾いた標柱の脇から続く山道へと歩みを進めた。
時折交差する作業道に惑わされつつ杉林を抜け、色鮮やかな新緑が覆うブナ林へと進むと、辺りには霧が立ち込め、風も無く物音一つしない森の中は、熊ベルのキーン…という音だけが響き渡り、幻想的な雰囲気を醸し出している。
進む程に霧は濃さを増すと共に、足元には残雪が現れ、高度約900メートルを境に辺りは残雪に覆われ、寒さも増してきた為、持参したチェーンスパイクとハードシェルを着用した。
斜面をトラバースするようにつけられた山道は、溶けかかった残雪により、足下がズルズルと滑りだし、滑落の危険を感じた為、雪面に露出した樹木や笹にしがみつくように尾根へと這い上がったが、尾根上は雪が無い藪となっており、仕方なく木の枝や笹藪を掻き分けながら進んだ。
少しして高度が上がると、目の前を覆っていた藪は雪の下へと消え、代わりに大きく亀裂の入った雪面が現れ、左手が切れ落ちた尾根上を恐る恐る進むと、10時4分、白岩岳山頂へと到着した。
視界は約15メートル。
濃い霧が立ち込める山頂には特に見るものも無く、霧の粒がサラサラと音を立ててハードシェルを濡らしている。
今日の予報では、午後から晴れ間が期待できる筈なので、霧が晴れるのを期待しつつ、取り敢えずここから南西に600メートル程進んだところにある、昨年猛烈な藪により登頂を断念した白岩薬師の登頂を済ませ、また白岩岳山頂へと戻るが、相変わらず濃い霧により周辺の状況の確認は難しい状況だ。
これから向かう予定の白岩岳山頂より北東側へと派生する尾根を確認するが、濃い霧により地形が全く確認できず、眼下にはただ真っ白な空間が広がっているだけであり、吸い込まれそうな感覚に恐怖さえ感じる。
視界が悪い景色を眺めながら時間だけが過ぎて行き、気は焦るが、先ずはこの先に待ち受ける行程に備え、腹ごしらえをすることにした。
ヘルメットから滴る水滴を気にしつつ、雪面に腰掛け、カップ麺とパンで早々と食事を済ませた後は、11時15分、いよいよ真っ白な空間が広がる北東側の尾根へと下った。
この右手には、秋田県内でも到達が困難とされる難攻瀑の一つ、ヒネリ滝へと流れるシャチアシ沢の原頭部がある筈だが、残念ながら霧で確認出来ない。
原頭部があるコルから高度1127メートルのピークへと進み、ここから尾根は東側へと向きを変える。
相変わらず濃い霧が立ち込めるブナ林の中を、足下の雪の感覚を確かめつつ縫うようにして恐る恐る下って行く。
更に高度約1000メートルからは、一気に斜度が増し、尾根は北東側へと向きを変えて下って行くが、チェーンスパイクでは、足下の雪面を捉えきれずにズルズルと滑りだす為、斜面に正対してキックを繰り返し、短くしたトレッキングポールを突き刺しつつも全く気を抜けない状況だ。
果たして復路でこの急な斜面を登りきれるのか…霧で覆われた斜面を眺めつつ、アイゼンとピッケルを持参しなかったことを後悔した。
暫く下り続け、高度約900メートルに差し掛かると、今まで霧に覆われていた周辺の景色は突然晴れ渡り、眼下には新緑に覆われた美しい山並みが姿を表し、頭上には青空が広がった。
更に下ると、辺りを埋め尽くしていた雪は疎らとなり、それと同時に藪漕ぎが始まった。
細い尾根上には岩が露出し、太い幹に形のよい枝を繁らせた見事な天然杉が岩にしがみつく様に並んでおり、起伏の激しい尾根が延々と眼下に続いている。
藪に絡まるトレッキングポールを杉の木の根元にデポし、低木や岩の上にタコの足の様に這わせる杉の根を手掛かりに、四肢を使い尾根上を下って行く。
地形図を確認すると、尾根の両側には谷底まで一気に数百メートル切れ落ちた谷間が存在するが、斜面に生える背の高い木々により、残念ながら谷底は確認できない。
対面する山肌には、雪解け水が流れ落ちる巨大な無名滝が何本も確認でき、辺りには幾段にも連なって深い谷間へと流れ落ちる水の音が鳴り響いている。
早春の山の景色を楽しみつつ、暫く下り続け、高度約650メートル。
今まで聞こえていた水の音より、一層大きな音が耳に届く。
ゴーッ!という豪快な音を辺りに轟かせるその主は、シャチアシ沢にかかる秘境の滝、ヒネリ滝に間違いない。
しかし、木々の隙間に目を凝らすが、その姿を確認することは出来ない。
4年前、落差100メートルと云われるこの巨大な滝の直下にて、頭上から流れ落ちる水の様を前に感じた感動が思い起こされる。
何とか見えないだろうか…。
時刻は、12時43分。
白岩岳までの険しい登り返しの時間を考え、日没までに下山するには、そろそろタイムリミットだが、ここまで来てヒネリ滝を見ずに帰れば、後悔が残る山行となることは間違いない。
一息入れながら迷ったが、やはりここまで来たら、姿を見ずに戻る選択肢は無い。
自分には山中に一泊するだけの食料や装備もあることに後押しされ、更に下ってみることとした。
ヒネリ滝が奏でる豪快な滝の音が鳴り響く中、木々の合間から景色を窺いつつ 、藪を掻き分け更に下って行くと…高度約550メートル。
見覚えのある滝の姿が目に飛び込む。
肉眼で見るには少し遠いが、右岸側が跳ね上がるその姿は、紛れもない4年前に苦労の末に対面を果たしたヒネリ滝だ!
久しぶりの再会に、嬉しさが込み上げる。
岩にしがみつきながら、眺望場所を探るが、周辺にこれ以上の場所は無いようだ。
時刻は13時6分。
足下からは更に堀内沢へと続く険しい尾根が連なっている。
下るべきか…。
しかし、4年前の到達当時の滝下部の地形を思い出し、これ以上下っても滝の全容を確認できる眺望は期待できないと判断し、遠方に見える小さくも感動的なその姿を眺め、いつの日かあの巨大な滝の落ち口に立つことを胸に誓い、今日の山行はここまでとした。
さて、見上げればうんざりする程の険しい尾根が頭上へ迫るように続いている。
息を切らせながら今下ってきた尾根を登り返すと、登る程に視界は開け、水色の空の下、和賀岳や羽後朝日岳など、春を待つ和賀山塊を代表する美しい山々の連なりを確認できる。
そして霧の為、往路で確認できなかったシャチアシ沢の原頭部へと差し掛かるが、すり鉢状に一気に谷間へと落ち込む地形に唖然とした。
この谷間に一度降りたら果たして猛烈な藪を掻き分けながら登り返すことができるのだろうか…。
そもそも、ヒネリ滝の落ち口には到達できるのだろうか…。
一抹の不安を覚えつつ、15時50分、白岩岳山頂へと到着した。
そして、いずれまた訪れるこの場所から見える景色を暫く眺めつつ一息入れた後は、山頂を後にし、夕暮れ迫る下山の途についた。
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