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静かな白神岳登山口駐車場にて、沢登りの装備を身に付け、入山の準備を終えた頃には、次々と登山者らの車が到着し、徐々に賑わいを増した。
5時16分、駐車場脇の木製の階段を上り、先ずは記帳所を目指した。
お馴染みの小さな三角屋根の記帳所にて登山届を済ませた後は、新緑で覆われた山道へと進んだ。
空はどんよりと雲っているが、風もなく穏やかな雰囲気に包まれている。
前日の雨の為か、山道はぬかるみが多く、沢靴では滑りやすく足下にやや気を使うが、熊避け用のベルを静かな森の中に響かせつつ順調に歩みを進めた。
5時50分、蟶山コースと二股コースの分岐へと差し掛かり、二股コースへと進んだ。
鬱蒼としたブナの森の中を進むと、やがて雨が降り始め、パラパラと木々の葉を叩く音が聞こえる。
小さな沢を渡り、崩落した山道を登り終えると、休憩場所に丁度良い小さな広場へと到着した為、ここで少し休憩することとした。
どんよりとした空からは、相変わらず雨が落ちてくるが、暑さに耐えきれず、レインウェアを脱いでザックの中へと仕舞い、ペットボトルのスポーツドリンクを渇いた喉に流し込むと、体の暑さも落ち着き、ほっと一息ついた。
静かな森の中には、さらさらと心地好い沢の音が響き、蛙の鳴き声が聞こえている。
休憩を終え、森の奥へと続く山道を辿ると、右手の眼下には白神川に掛かる美しい滝が見え、豪快な音を奏でている。
少しして目の前に現れた木製の階段を下ると、白神川の右岸へと到着し、7時16分、種蒔苗代沢と母沢を分ける二股へと到着した。
山道の渡渉地点にあるはずのロープは無くなっており、沢の水はしぶきをあげながらゴーッ!という音を立てている。
豪快な音にやや躊躇しつつ入渓するが、雪解け水が混じった沢の水は肌を刺す様に冷たく、ウエットスーツを装着していても身震いする程の冷たさだ。
今回は、沢登りにて白神岳山頂を目指したいとの思いから見つけたのが、核心地域の外にあるこの母沢だ。
遡行記録が見当たらないこの沢には、果たしてどんな困難が待ち構えているのか…期待と不安を胸にいよいよ遡行を開始した。
足下はヌメリが強く、非常に歩きにくい為、足元に転がる石を選びながら慎重に歩みを進めた。
太い倒木も多く、また、切り立った両岸には崩落跡も生々しく、人の痕跡が見られないこの沢の光景は、核心地域の沢の遡行を彷彿とさせる。
落石を警戒しつつ進むと、7時41分、最初の滝が姿を現した。
高さ4メートル程、直瀑で小さいながらも釜を構えている。
左岸を難なく越えると、直ぐに出合の本流側にまた滝が現れた。
上部は奥まっており、下からではよく見えないが、二段になっており、落ち口まで数十メートルはあるだろうか。
見応えのある美しい滝だ。
両岸の岩はぬるぬると滑り、靴底がラバーの沢靴では取り付けそうにない為、チェーンスパイクを装着し、先ずは水しぶきを浴びながら左岸の岩場を登り、更にその上に生える草木を掴みながら強引に登りきる。
上段はウォータースライダーのような滑滝となっており、上から眺めても美しい滝だ。
更に進むと、休む間も無く二段5メートル程の末広がりの滝が現れたが、これも左岸を難なく越えた。
その後は、次第に巨岩が目立つ景色となり、辺りには霧が立ち込め、薄暗く寒さを増してきた為、ザックからレインウェアを取り出してウェットスーツの上に羽織った。
霧は進む程に濃さを増し、霧雨が降る中を遡行する。
8時20分、高度約725メートル。
落ち口が二股となっており、二つの流れが同じ釜へと落ちる3メートル程の滝が現れ、右岸からよじ登ると、高度800メートル付近より、沢の岸を覆う高さ2.5メートル程の残雪が頭上へと迫り、今にも崩落しそうな状況が続くが逃げ場が無い為、頭上にせり出した残雪の脇を足早に進んだ。
辺りの景色は険しさを増し、刺々しい岩場と頭上に覆い被さる残雪、視界を遮る濃い霧、そして耳に響くゴーッ!という沢の音が険悪なムードを醸し出している。
8時46分、6メートル程の緩やかな勾配の滝を直登し、9時、高度約950メートル、垂直に近い10メートル程の滝が現れた。
これまでか…と思ったが、滝の直下に進むと、流れの中にホールドが多数あり、頭上から降り注ぐ水しぶきを浴びながら直登した。
気温は8℃、全身ずぶ濡れとなったが、体を動かしている分には、寒さをあまり感じることはない。
滝の落ち口に上がると、上流には沢山のリュウキンカの花が艶やかな緑の葉と共にあちらこちらに咲いており、薄暗く険悪な雰囲気が漂う沢の景色も和らぎ、その美しい光景につい見とれてしまう。
そしてこの滝が最後の滝となって、以後沢の流れは細くなり、9時7分、高度約980メートル、二俣に到着。
地形図を確認し、左手へと笹藪を掻き分けながら30メートル程進むと、目の前には崩落地が現れ、沢は枯れた。
泥に覆われた崩落地を這い上がると、人差し指程の太さの猛烈なネマガリタケの藪が行く手を阻み、ここから斜度も一気に増した。
意を決して視界がきかない藪の中へと進むが、ズルズルと滑る足下の泥と、押し退けるのが困難な密集したネマガリタケにより、歩みは遅々として進まず、ネマガリタケを鷲掴みにして、腕力で一歩登っては藪を掻き分ける作業を延々と続ける。
やがて藪には灌木が混じりはじめ、押し退けることが困難なほどの灌木の固い枝により、更に状況は悪化し、ここで右足のチェーンスパイクのチェーンも切れた。
灰色の空から断続的に降り続ける雨は体を濡らし、登る程に強まる風が体温を奪って行く。
立ち止まればガタガタと体に震えが走り、心が折れそうになるが、時折藪の中に現れるピンク色のミネザクラやツツジの花が心を和ませてくれた。
登る程に灌木の密度は増し、先の見えない藪の中を右へ左へと灌木の固い枝をかわし、時には後退し、時には這いずりながら、少しずつだが確実に前進を続ける。
暫くすると、頭上まであった藪の高さは、目線の下となり、見上げれば斜面の先には空と藪の境目が見える。
あと少しで山頂だ。
そして更に藪漕ぎを続けると、突然視界が開け山道へと飛び出した。
ほっと胸を撫で下ろし、山道を10メートル程進むと、11時13分、高度1232メートルの誰もいない白神岳山頂へと到着した。
辺りを見渡すが、残念ながら霧で視界はなく、冷たい風と共に降る弱い雨がパラパラとレインウェアを叩いている。
しかし、心の中は晴れ渡り、達成感と共に清々しい風が吹き渡っている。
自分は、遂にやったのだ!
折角の貸し切りの山頂なので、木製の低いベンチに腰掛け、持参した鮭のオムスビと水筒の熱いお茶で昼食にすることとした。
達成感を味わいつつ食べる今日のオムスビの味も格別だ。
昼食を終え、心と腹が満たされた頃、楽しげな集団が霧の中から現れ、山頂へ到着した。
少しの会話を交えた後、記念撮影を始めたが、この傷だらけで泥にまみれた自分の手では、スマホを借りて撮影してあげることが出来ないことを告げた。
暫くすると、また山頂は静けさを取り戻し、相変わらず霧が覆う山頂の景色を一人味わった後は、蟶山コースで下山することとした。
登山者らの楽しげな声が響く避難小屋前を抜け、小さな花達が飾る山道を暫く下ると、辺りは霧が立ち込める幻想的なブナの森へと変わった。
新緑が美しい頭上を覆うブナの葉は、天然の傘となり、優しく雨を凌いでくれた。
そして時折すれ違う登山者との会話を交えつつ下り続け、記帳所にて下山届けを済ませ、14時15分、雨が降り続く静かな登山口駐車場へと到着し、この山行を終えた。
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