深夜目を覚まし、イグルーの外へと出てみると、頭上には北斗七星と共に、満天の星が輝いている。
時刻は0時3分。
だだっ広い雪原の真ん中。
一人月明かりに照らされ、青紫色に浮かび上がった鳥海山山域の山々の姿を眺める。
ヘッドライトの明かりが無くとも辺りを散策出来る程の明るさの中、時折耳元をザワザワと吹き抜ける風の音だけが聞こえている。
今日も晴天が期待出来そうだ…。
そして身震いする程の寒さに、早々にイグルーに戻り、また眠りについた。
4時30分、眠りから覚めると、イグルーの中は凍りついており、室内を照らすローソクの火に素手をあぶりつつ朝食の準備を始める。
お湯を沸かし、アルファ米とパンにソーセージで朝食を済ませた後、沸騰させたお湯で作ったインスタントコーヒーに息を吹きかけながら口に含む。
イグルーの中には香ばしい香りが広がり、ただのインスタントコーヒーが、今はたまらなく旨い。
至福の時間を味わった後は、折角作った我が家と別れるのは名残惜しいが、出発の準備を始めることとした。
5時28分、室内の片付けが終わり外に出ると、日の出前のキーンと冷えた西の空にはまだ月が浮かんでいるのが見え、辺りには穏やかな風が流れている。
ピッケルやアイゼンをザックにくくりつけ、スノーシューを履き、トレッキングポールを手に、6時、一晩暮らした我が家を後にし、稲倉岳山頂を目指して北へと歩みを進めた。
右手には朝日が昇り、鳥海山(新山)の真っ白な山肌を美しいオレンジ色に染め上げ、辺りには感動的な光景が広がっている。
早朝の足元の雪は締まっており、山頂へと続く稜線上の雪面に出来た深い亀裂の西側をたどり、6時27分、稲倉岳山頂のやや東側へと到着。
この場所から見える朝焼けに染まった鳥海山(新山)と、その裏側へと連なる外輪山の姿は、何度みても美しく感動的だ。
朝日に染まる鳥海山山域の姿を堪能した後は、稲倉岳山頂へと向かい、三角点の標石のそばにある、思い出深い岩へと到着した。
そして、誰もいない穏やかな山頂にて、一人無雪期に訪れた時の事を思い出し、感慨に耽る。
あの日、登頂を祝ってくれるかのように、小さな花が迎えてくれたこの場所は、自分にとって生涯忘れる事の無い特別な場所だ…。
暫く思い出に浸った後は、もう一度ぐるりと辺りを見渡し、思い出の場所から見える景色を目に焼き付け、その場を後にした。
後は一般的なルートをたどり、下山するだけだ。
山頂から北側へと伸びる緩い尾根を下って行くと、昨日のものだろうか…沢山のトレースが続いている。
暫くして森林帯に入ると、今まで固かった雪質は一変し、スノーシューはズブズブと埋まり、非常に歩きにくい。
木々の合間を縫うように暫く進むと、向かいから今日最初に出会う登山者がやって来るのが見える。
本日の稲倉岳登頂一番乗りを目指して息を切らせながらやってきたかと思うと、先程登頂してきた自分にとっては少し心苦しいが、少しの間登山者同士のお馴染みの会話を交わし、お互いの無事を祈りつつまた歩き始める。
その後も、ぬかるみに悪戦苦闘しながら登ってくる多くの登山者との短い会話を楽しみつつ下って行く。
やがて山道がつづら折りに続く七曲を通りすぎると、往路で歩いた林道が現れ、杉林の中の林道を更に下って行く。
後はここから1.2km程先にある駐車地まで行けば、この山行も終わりを告げる。
ふと立ち止まり、見上げれば、今日も相変わらず空は青く、穏やかな春のような陽気が少し暑く感じられる。
湯気が上がりそうなハードシェルのジッパーを下げ、また歩みを進めるが、達成感とは裏腹にゴールへと一歩近づくごとに、まだこの山行を楽しみたいという気持ちが心の中で膨らみ続ける。
ならば、来年はもう一日足を伸ばして二泊三日の山行を計画してみようか…などと新たな挑戦の場に思いを巡らせつつ歩き続ける。
そして9時29分、いよいよこの旅のゴールとなる駐車地へと到着し、この2日間の旅を終えた。
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