白神岳山頂直下を源頭とする笹内川へと集約された雪解け水は、目の前を荒々しい音を伴いながら岩崎の海へと向かって流れて行く。
6時27分、白神ラインの鉄製ゲートを後にし、人里を離れた笹内川上流に存在する魚泊ノ滝を目指し、歩みを進める。
笹内川の右岸を縫うように続く白神ラインは、昨年の豪雨による被害で見るも無惨な有り様であり、頭上数十メートルの高さの崖からの落石や、無数にある足元の崩壊箇所への墜落、更にツキノワグマとの遭遇の心配など、徒歩とはいえ迂闊には進めない状況だ。
世間では、ゴールデンウィーク真っ只中だが、仕事の合間をみてようやく山へと向かうこととなった今日は、沢山の登山者が訪れるであろう山域を避け、人気の無い白神山地世界遺産核心部へと続く指定ルートの下見へと足を運ぶこととした。
今年世界自然遺産登録から30周年を迎えた白神山地の山々は、直ぐ目の前に広がる災害の爪痕が残る光景とは裏腹に、白い雲が浮かぶ青空の下、針葉樹の濃い緑と広葉樹の色とりどりの明るい緑に覆われ、人知れず見頃を迎えたピンク色の桜の花が色を添え、色鮮やかな風景が広がっている。
足元や頭上に気を付けながら歩みを進めると、右手の対岸や左手の崖の新緑の隙間からは、ザーッ!と音を立てながら笹内川へと流れ込む大きな滝が次から次へと現れ、目を楽しませてくれる。
暫く進むと、緑に覆われた山々の先には、未だ残雪に覆われた1000メートル級の山々が現れ、青い空と新緑とのコントラストが実に美しい。
7時50分、出発地点から5.9km程先にある分岐点へと到着した。
この分岐点には、二枚の案内板が設置されており、簡単な地図や入山時の注意事項等が記されている。
笹内川は、ここから白神ラインを離れ、白神岳山頂の方角へと向きを変え、深いブナの森の中を源頭部がある上流へと続いて行く。
その直ぐ脇には、この先にある笹内ダムへと続く未舗装の道が続いており、案内板を眺めた後は、早速一ツ森橋と記された古めかしい橋を渡り、時折現れる残雪を踏みしめながら歩みを進めた。
この林道も昨年の豪雨により大きな被害を受けたらしく、過去の状態を想像できない程に破壊された道を避けつつ沢の脇を進んで行く。
8時30分、笹内ダムの手前にある取水施設へと到着。
この先のダムへは、川の右岸にある筈の道を進むのだが、道は跡形もなく流され、そこには高さ数十メートルの切り立った崖があるだけだ。
左岸にある取水施設には、鉄製の柵が設置されており、立ち入り禁止となっている。
目の前の景色を眺めながら、先へと進む方法を思案するが、どうやら目の前を荒々しく流れる笹内川に身を投じて進むしかないようだ。
今日は、この先にあるダムを越え、魚泊ノ滝まで足を運びたかったが、人の手による開発を拒否するかのような圧倒的な大自然の営みを前に、今日の下見はここまでとし、次回は沢装備を携え、日を改めてここから白神岳山頂を目指すこととした。
その後、白神ラインまで戻るが、まだ時間は沢山ある為、ここから上り坂が続く道を更に進み、2.5km程先にある白神岳展望所へと向かう事とした。
道は少しすると、アスファルトから砕石が敷かれた未舗装へと変わり、足元をチョロチョロと水が流れる林道の辺りには、黄緑色の若葉が覆うブナ林が広がっており、春の穏やかな日差しが路上に木々の影を落としている。
時折聞きなれない鳥の声や小さな滝の音が耳に届くが、それ以外に聞こえるものは無く、穏やかな雰囲気が漂う春の白神山地の景色を楽しみながら高度を上げて行く。
どうやら笹内川から離れたこの辺りは、昨年の豪雨の影響は少なかったらしく、大きな崩壊箇所が目に留まる事もない。
グネグネと曲がり続ける林道を暫く歩き続け、10時2分、白神ライン白神岳展望所と記された案内板の前へと到着した。
一つだけあるベンチにザックを下ろし、案内板の脇から獣道のような道が続く高台へと上ると、そこから見える景色は、左から太夫峰、直角峰、吉ケ峰、静御殿、向白神岳、白神岳…と未だ残雪に覆われた白神山地の最高峰の連なりが一望できる。
きっとあそこに見える白神岳の山頂には、今日も沢山の登山者が訪れていることだろう…などと思いを巡らせつつ、春風に揺れる新緑の木々に彩られた山々の先に見える景色を心行くまで眺めた。
美しい景色に満足し、先程の案内板横にある気の利いたベンチに腰掛け、昼食にする事とした。
この後は特に予定もなく帰るだけなので、今日はこの場所でゆっくりしていこうと思う。
ポカポカと暖かい日差しの中、持参したカップ麺にお湯を注ぎ、目の前に聳える向白神岳を眺め、登頂時の思い出を懐かしみつつ、おにぎりを口にする。
日々のしがらみや喧騒から離れ、美しい景色を見ながら食べる今日の昼食は、至福のひと時となった。
そして、最後に湯気が立つコーヒーをゆっくりと飲み干し、展望所を後にした。
時刻は11時を少し回り、ブナの森に降り注ぐ穏やかな日差しを浴びながら、来た道を軽快に下って行く。
ジャケットのジッパーを下ろすと、少し汗ばむ体にブナの森を吹きわたる新鮮な風が心地よい。
暫くして、笹内川の右岸へと戻り、川沿いに続く道を辿るが、このまま今日の山行を終えるのも少し味気なく思え、川のほとりに下りて、木陰にある手ごろな岩に腰掛け、ペットボトルを片手に川の流れを眺めつつ一休みする。
辺りの景色を心行くまで眺めた後は、木陰にキラキラと流れ落ちる美しい滝や、崖にしがみつくようにして咲く桜の木など、絵になる風景を楽しみつつ歩みを進め、13時、出発地点のゲート前へと無事に到着した。
帰りがけに、白神ラインの災害復旧工事を担当する工事関係者と偶然出会ったが、話によれば、復旧には3年程要するらしく、その間の通行はできないだろうとの事だった。
どうやら今日の山行は、災害後の白神ラインの現状を知る貴重な山行となったようだ。
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