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羽根田治といえば日本における「山岳遭難ルポ」の第一人者として知る人ぞ知る存在である。『山はおそろしい』『ドキュメント 道迷い遭難』『山岳遭難の傷痕』『生還』……自身も登山を趣味とし、日本山岳会会員で長野県山岳遭難防止アドバイザーを務める羽根田が、事故の当事者たちへのインタビューを通じて、事故の核心と人間心理の綾に迫っていく作品群は、圧巻の一言に尽きる。
そもそも羽根田はなぜ「山岳遭難ルポ」を手掛けるようになったのだろうか。「ライターの仕事を始めたころに山岳警備隊の本(『山靴を履いたお巡りさん』)をまとめる仕事を手伝ったんです。そのときに隊員らからいろいろな話を聞いていく中で、新聞やテレビで報じられる遭難事故のニュースの裏には、遭難者や救助者たちの知られざる思いやドラマがあるんだな、と感じたのが最初のきっかけです」
そう語る羽根田の表情は、著作のプロフィール写真よりも柔和な印象を受ける。
「それまでの山岳遭難ルポといえば、有名な登山家や冒険的な登山での遭難事故がクローズアップされることがほとんどで、よほどの大事故でない限り、ごく普通の登山者の遭難が検証されることはほとんどありませんでした。ですが山をやっている自分にとって、彼らの遭難経験は“明日は我が身”なんですよね。普通の人たちが普通に生きていれば、生死の分かれ目に立つことはめったにあるものじゃないですが、山ではいつ誰がそういう状況に追い込まれてもまったく不思議じゃない。それで普通の人が山で生死の分かれ目に追い込まれたとき、何を考え、どう行動したのかというところに興味を持って取材するようになったんです」
クマに食われ、頭蓋骨だけ発見された男性登山者の手帳に書かれていた“悲劇の真相”…秩父の山中で何が起こったのか
https://bunshun.jp/articles/-/62493
以下一部引用しての 総じての結論は以下の抜粋の文言になるかと思うし、以前から思っていた初動捜索こそ全力を挙げなければならず「生還に不思議の生還あり、遭難に不思議な遭難なし」ということになるかと思います。長年の感想と同じプロのライターの結論に勇気づけられます。詳しくは記事をお読みください。
遭難から生還できる人と出来ない人とは何が違うのか?
→羽田氏「はっきり言ってしまうと、運次第」だという気がしています。
→「生還に不思議の生還あり」
逆に「生還の可能性を低下させる条件なら」あるという。
→羽田氏「それは遭難した時にすぐに探してもらえないことですね」
→「遭難に不思議な遭難なし」
「物いえば唇寒し秋の風」
→うっかり口を滑らために、自分で後悔することをいう。 他人の欠点や自分の長所は、絶対にしゃべるべきではないことにたとえる。
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