目的地は、天祖山から八丁橋に下りるコース
まず道迷いの経緯を振り返ってみる。
昨年7月8日(土)早朝、雲取山荘を出発し、芋ノ木ドッケ、長沢山、水松山を経て天祖山へ。ここからが道迷いの要注意コースと覚悟、前日も投宿の際、年齢と下山予定地を記入したら、危険箇所とコース不明瞭を理由に暗にやめた方がよいとの言葉を頂いた。ネットで道迷いの記録も読んでいる。そこで気持ちを引き締め、前後左右を注意深く観察しながら慎重に下山を続け、やがて壊れた神社を過ぎ雨量計の地点に到着。
ここは近代的な施設の周囲が明るく切り開かれた平坦地で、これまでの樹木に覆われた陰鬱なコースを歩いてきた後は本当にほっとする場所。もう日原林道までは近い、やれやれもう大丈夫、そうゆう心境になる。迷うような箇所も危険箇所もなかったし、むしろ歩きやすかったなと振り返る。それまで張り詰めていた緊張感がいっぺんに緩んでしまったようだ。
肩の力を脱いで気持ちもゆったり、しかしそれなりに注意しながら雨量計左側を下りて行く。間もなくちょっとした坂を少し下って小さな平坦地に差し掛かったとき左の枝に赤テープが目に付いた。問題なし。このことだけははっきりと記憶している。
安心して赤テープから目を離し、足許に注意しながらぼんやりと落ち葉の上に残った踏み跡を辿る。それから後のことが記憶に残っていない。ふと気が付くといつの間にか崖地の上に出ていた。行き止まり状態。前と右は樹木の茂った絶壁、左側の状況は、下方に落ち葉を敷き詰めた広々とした平坦地が左右に伸びていて、その向こう側は少しだけ高くなった疎林の丘が同じように左右に連なっている。非常に雰囲気が良さそうであそこを歩いたら気持ちよいだろうなと思う。しかし、そこへ降り立つにはかなりの急斜面を下らねばならない。60度近くはあるだろうか、高さはマンションの8階くらいか、急斜面には岩と低木の間にルートがあるようなないような、これはちょっと大変だなと思う。今まで歩いてきた後方を振り返ってみる、おかしい点は見当たらない。再度目を凝らして下方を観察すると落ち葉の上に右の方へかすかに踏跡があるような気がしないでもない。
さて、と崖を下りはじめた。その時の心理は、あまり疑問を感じていなかったように思う。仕方ないな、という程度。急斜面にある岩と低木に掴まりながら、左右に目をやり足がかりを求めて慎重に下る。ミスしたら転落して首の骨を折ってしまうかもと思いながらも、無心に下りて行く。中間あたりまで下りてきたらもう岩も低木もなくなった。ここから下は土の急斜面、所々に草が生えている程度。足を使うことはできない。尻セードで下るにも転倒してしまいそう。左右どちらにも迂回できない。進退窮まって立ち往生
どうしよう、こんな登山コースってあるのだろうか、どうすることも出来ずしばらく呆然としていた。思考能力も弱っていた。そのままじっとしているうち、ふと、頭の片隅に女性登山者のことが頭に浮かんだ。天祖山は実線コースだし、女性も当然歩いている、中高年のおばさんが一体こんなところを下るのだろうか、きゃあ、と悲鳴を上げるに決まっている。そんな姿が目に浮かぶ。そうだ、俺は間違ってしまった。こんなところが一般コースである筈がない。どっかで道を間違えたのだ。馬鹿なことをした。ようやく目が覚めた。それなら戻ろう。
だが、上を見上げて恐怖感に襲われた。こんなところをよく下りてきたものだ、あきれるほどの急斜面、まさに転落の危険が自分の身に迫っている。これは夢ではなくて現実だとまざまざと実感、体重が負荷するので登り返すのは下るより難しいかも。遭難の文字が頭にちらつく。こんなところで転落して大怪我や死亡したら誰も発見してくれない。動物に食われて骨になってしまうだけ、高齢者が天祖山で行方不明、との記事が目にちらつく。だから高齢者の単独登山はいけないのだと誰かが言い立てる、いろいろな事が頭の中を駆け巡り、さらにしばらくじっとしていた。とにかく落ち着いて、落ち着いて、決して慌てないで、自分に言い聞かす。
呼吸を整え、決して急がず、一歩登るごとに休み、三点確保をしっかりと、岩や木を掴んだら必ず安全性を確認して、足場の安全性も確かめて、とにかく新聞記事にならないように、など自分に言い聞かせつつ必死の思いでじりじりと這い上る。ようやく登り切って平地に身を投げ出したときは本当に助かったと大きな安堵感に全身を包まれた。危機脱出、生還と言っても大げさでない思い。
こんなところからはさっさと退散しよう、あらためて現場を観察することなく逃げ出すように来た道を引き返した。すぐにさっき目にした赤リボンを発見しルートに復帰。
道を逸れた周辺をよく観察してみる。ルートを少し左寄りに下った約10メートル前方の枝に赤リボンを発見、その下に踏み跡が見える。それが正しいルートだ。間違った方向は、右方向に逸れている(今までそう記憶していたが・・・)。地面を観察すると、正しいルートは逸れた地点の辺りだけ落ち葉に覆われていて踏み跡が消えており、右方向にはうっすらとした踏み跡が切れ目なく伸びている。ぼんやりとその踏み跡を辿ったためコースミスをしたのだ、そう、あの赤テープに安心し、足許ばかりみていたから何の不審感もなく逸れた踏み跡を辿ったのだ、原因は明らか。とにかく遭難しなくてよかった、あらためて気を引き締め直し無事下山
だが不思議なことに、ミスした地点から崖地まで至った間、崖地からその地点まで引き返した間の記憶がストンと抜け落ちている。残っているのは、あっさりとすぐに赤テープのところに戻れたという記憶だけ。
ルートミスの原因ははっきりしているが、帰宅後、崖地へ至った道筋が不明のままではなんか気持ちが落ち着かない。なにかが心の中に引っかかっている。それに崖地の状況も再度よく見ておきたい。そして、遭難者がドツボにはまって行く心理の過程を自分に置き換えて客観的に検証してみたい。
そこで現場の検証に出かけた。
1回目は、昨年10月9日(土)
しかし、この日は失敗に終わる。
計画は、登る途中にルートを逸れた場所を確認し、雨量計のところで昼食後、下山の際に崖地までの行程を検証するというもの
ところが、登る途中、ルートを逸れた地点の目星は一応付いたが、はっきりとは確信を持てないまま雨量計に達してしまった。下山の際に、再度その地点を観察したが、どうも記憶に残っている当時の様相とは少し異なる気がする。逸れた踏み跡は見当たらない、逸れたと思われる方向には倒木が横たわり、大きな木の枝が散らばっている。とてもスタスタ歩ける状態でない。でも赤リボンはあるし、その位置関係も記憶通りだから、この場所でほぼ間違いないと思う。崖地の方向へ進もうかどうしようかとしばし考えた。そのうち何となく怖くなってきた。またそんな場所へ行ったら今度は本当に悪いことが起きるのではないか、この天祖山は何となく雰囲気が不気味で人を引き込む気配があるようだ、だから道迷いや遭難事故が起きるのだ、段々とそんな風な心境に陥り、安全第一とその場から逃げ出した。
しかし、やはり気持ちがすっきりしない。気持ちに引っかかりが残る。天祖山の呪いか。
そこで、一昨日5月4日(土)再度検証へ出かけた。今度はしっかり気持ちを強く持って崖地へ行こう。そう決心する。
計画は、前回と同じ
登る途中でコースを逸れた場所を再確認し、雨量計で昼食後下山にかかり、その場所に着く。
さて、辺りを見まわし、前回よりもまた少し印象が変わったが、今度はコースを逸れて進んだと思われる方向に歩き出す。この方向性がどうも問題らしい。当時の反省では、右へ逸れたという記憶のみ。逸れたあと崖地の上でふと気が付いたのだから、そこまでは何の抵抗もなく平坦に近い道を歩いたに違いない。それで今回は右方向のなるべく平坦に近いところを進んでみるが、それらしい崖地は見当たらない。どんどん進むがそのうち傾斜がややきつくなる。危ないことはないようなので下ってみる。背後を振り返って戻るルートを確かめながら更に進む。でも一向に見当たらない。目の届く範囲にそれらしい地形はない。大分来たからここではないだろう、もうここは諦めるしかない。そこで引き返しはじめたが、これが大変。いつの間にか思いのほか下まで来てしまっていた。登り返しの傾斜がきつくて応える。少し登っては樹木に掴まりしながら用心して登る。転倒したらズルズル転がり落ちそう。こんな状況で戻った記憶はないから、この道は現場と違うことは確か。そのうち息切れして樹木に掴まり休憩した。
ふと、その木に巻き付けられたテープが目に付いた。それが写真1
「道で はない」 白い生地に妙な書体で書かれている。
なんでこんな所に、と疑問が湧く。こんなところ自分以外に誰が歩くのか、登山者が迷い込むような場所でもないし、それとも過去に遭難騒ぎでも起きたのだろうか。それにしても目立たないし、少し離れた位置からは誰も気が付かないだろう、自分がこうして木に抱きつくようにしているから目にとまっただけの話だ。文句、書体、文字の位置も妖しい。うーん、不気味だ。自分を狙い撃ちしているようだ。目にしてはいけないものを見てしまった感じ。あわててその場所を離れ、コースに復帰した。
さて、どうしようか、直角近くの方向に進んだから、今度は角度を少し緩く変えてみようかとも思うが、その方向はすぐに下り坂になっているので違うだろうと考える。祟りがあるかもしれないなどの妄想がまた頭の中に湧いてくる。それに今日は、テレビで卓球の準決勝があるので、その時間に間に合うように早く帰りたい。
結局、この日も検証は失敗に終わった。
何やってんだか!
帰宅後、考えた。当時、道を逸れたことに何も気が付かなかったということは、コースをあまり曲がらずに、ほぼまっすぐ進んだためではないだろうか、曲がったとしてもごく緩やかに。直角近く曲がっていたというのは自分の記憶違いではないか。そうとすると一昨日の検証でほぼ直角に入ってみたのはやはり方角違いということになる。平坦という記憶に捕らわれすぎだったかもしれない。あそらく逸れたルートはごく緩く右へ曲がっていたのだろう。その緩く曲がった先は下ってはいるが、その少し先に崖地があったのではないか。もう一度行って確認してみたい。
でも登山口近くの危険箇所は怖いし、祟りも怖い。何度も足を運んでいるうちに本当に事故に会ってしまうような気もする。
どうしたものか、只今思案中。
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