「昨日の晩御飯は、何を食べたっけ?」
「・・・・」
「自分で作ったのだから思い出してよ。」
「・・・・うるさいわね。」
こんな程度なら問題ない。
「そうだ、エビフライだ。」
「・・・・それは一昨日でしょ!」
「・・・そうかな、待てよ・・・」
両者しばらく沈黙
「・・・・八宝菜よ、しっかりしてよ!」
昨夜の晩御飯のことさえ頭に残っていない。昨日と一昨日の区別が付かない。現在に近いことほど思い出せない。もちろんすべてを忘れるわけではなく、記憶に留まることもあるが、それもバラバラの状態だ。その残った記憶の切れ端が脳内でごちゃごちゃに混じり合い、互いに間違って結び付いたりして、妙な思い込みが生じてくる。この思い込みが妙な行動を引き起こすときがある。
「豚肉ときくらげの玉子炒めを下さい。」
メニューを指さして注文した。可愛いお姉さんが「キクラゲノタマゴイタメネ。」と可愛い声で応じてくれた。この辺り看板がやけにけばけばしい中国人経営の中華店が多いなか、ここは店先の控えめなメニュー表示に店内の垢抜けたインテリアが日本風の落ち着いた雰囲気を醸し出し、よくランチに入る。
「お待たせしました。」と若い男性がお膳を置いて去って行った。
「・・・うむ・・・」
しばしお膳の料理を凝視した。
ちょっと違うな、あの強烈な印象とは。これではまるで普通の肉野菜炒めではないか、配膳を間違えたのかもしれない、ちょっと知らせてあげようか、しかし美味しそうだから知らんふりして食べてしまおうか、箸袋を手に持って、どうしたものだろう、上下に動かしながらしばし迷走した。
この店が1年ほど前オープンした頃に初めて入って注文したのがこのメニューで、その時は黒くて大きなきくらげがいくつもごろごろし、その上にのった黄色い炒め卵が印象的だったのだが、その時のイメージとは全く異なる料理がいま目の前に置かれている。
迷った末、可愛いお姉さんが接客に区切りついた時を見計らって、
「ちょっと、これきくらげの玉子炒め?」
と聞いてみた。
「ソウデスヨ、コレキラゲネ、コノキイロイノガタマゴネ」
きれいな手でひとつひとつ指さしながらやさしい声で教えてくれた。
そう言われれば黒い小さなものがいくつかわびしくのっている、黄色いものは・・白内障の始まった目をよく開いて観察した、うん、確かに混じっている、これが玉子か、なるほど・・というわけで、
「やあ、そうなの、すみません、以前食べたときのイメージとちょっと違ってたものだから」
言い訳しながら安心して箸をつけた。
お姉さんは、日本語の話し振りからみて中国の娘さんと推察されるのだが、日本の若い女性よりずっとしとやかで親切に応対してくれるので感じがいい。
食べながらあれこれ考えた。自分のイメージしたあのドバッと豪華なきくらげと玉子は何だったのだろう、目の前に出されてビックリ仰天した時の強烈な印象、あまり好きでないけど身体にいいだろうと思って頼んだらコリコリと歯ごたえがあってとても美味しかった印象、あのイメージは??・・・・でもこれも美味しいや・・・ぱくぱくぱく・・・
はっ!・・・そうか、イメージした料理は他の店のかも、秋に入った路地裏のあの中華屋の料理かも、そう言えばその店先のメニュー黒板でそんな絵を見たことがあるようなないような、あの店とこの店とをごっちゃにしたのだろうか・・・いや、そうではなく、あのイメージはやはりこの店の料理だと思う、料理人が変更になったため今の内容に変わったのかも・・・いや、いや、やはり自分の勘違いだろう、ごちゃごちゃした記憶の切れ端を勝手に結び付け、この店の料理だと思い込んだのだ。
ああ、恥ずかしい、あの娘に悪いことを言ってしまった。物忘れや思い込みが家族の中だけに留まっていればいいけれども、他人に迷惑をかけることになれば笑って済ますことが出来ない。クレーマーのような言動だったろうか、まあ、お互い笑顔でのやり取りだったから大丈夫だと思うのだが。
レジで千円札を置いた。お姉さんがチラと目を上げてニッコリし、
「キクラゲトタマゴネ、・・モグモグモグ・・・」
と言いながら200円のお釣りを手渡しして呉れた。それでは50円おまけしてもらったことになる。どうしたものか、戸惑った。すでにこちらの掌に載った硬貨を返す説明も煩わしいのでそのまま受け取ってしまった。よく来る店なのでクレーマーと思われることもないだろうが、なんか、痴呆老人がやさしい孫娘に面倒見てもらったような妙な気分だった。
「アノボケロウジンシヨウナイネ」と思っているのだろうか。
nibin様の日記、いつも楽しく拝読させて頂いております。
何か他人事とは思えません😅
私も還暦を過ぎてから物忘れを度々するようになりました。
スーパーへ買い物に行けば必ずと言って良いほど何かしら買い忘れるし。
「あれっ、俺は今何をしようとしていたんだっけ?」と、ど忘れする事も😓
登山ではバリルートをよく歩きますが
「今はここにいる筈だ」
という思い込みでルートミスしてしまう事もしばしばあります。まぁこちらはGPSで確認出来るからまだ良いのですが😅
お互いに思い込みには要注意ですね💦
こんばんわ、いつもありがとうございます。
私は、最近になって急に物忘れ、記憶喪失が激しくなりました。以前はそれ程でもなかったので、やはり年には勝てないのでしょうか。
特に「思い込み」が特徴です。時間、場所が入り乱れて、バラバラの記憶が間違って結び付き、ひとつのシーンが形成されてしまいます。それで夫婦間の会話も入り乱れて収拾がつきません。
今年からは、新しいルートは避けて、登り馴れた山にしか行かないようにしようと思っています。バリルートなど怖くて足を踏み入れる勇気がありません。GPSって見たこともないし、スマホは猫に小判だし
ところで、まじめな話、昨日の晩御飯は何だっけ、思い出せない、八宝菜は一昨日、マジでわからない、・・・ちょっと妻に聞いてきます。
筑前煮だそうです、そう言えば今晩も同じ料理だった、昨日の食べ残しか、どうりで即答できたはずだ、いつもなら一緒にウンウン唸るのに
つまらんことをすみません。
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